
中世のカップル。教会法により、特定の日には性行為が禁じられていた
教会法が定めた「禁欲の日々」
中世ヨーロッパでは、教会の宗教法が一年のうち特定の日や、女性が特定の状態にある期間の性的な交わりを禁じていました(正確には、禁じようと試みていた、と言うべきでしょう)。
最も代表的なのが、復活祭前の断食期である四旬節(レント)です。この約40日間、信者は肉体的な快楽を慎むことが求められました。また、日曜日をはじめとする週末も同様に禁じられていました。
女性の状態による制限
さらに、女性の身体的な状態によっても交わりは制限されました。月経中の女性は当時「不浄」とみなされていたため、この期間の性行為は禁じられていました。
加えて、妊娠中のパートナーに触れること、そして出産後しばらくの期間も同様に禁じられていました。
こうした規定をすべて合わせると、年間のかなりの割合の日数が理論上「禁欲日」とされていたことになります。歴史家の中には、その数が年間の4割近くに及んだと指摘する者もいます。
違反者への罰:贖罪と苦行
もちろん現実には、これらの規則は頻繁に破られていました。違反した者は、適切な贖罪(ペナンス)によって罪を償うよう求められました。
贖罪として課されたのは、主に厳しい断食や祈りの朗唱でした。司祭たちは「悔悛手引書」と呼ばれる実務書を用い、罪の内容に応じて必要な贖罪の程度を判断していたのです。