
18世紀パリの優雅なカフェの様子
700軒を超えたパリのカフェ
1792年、フランス革命の真っ只中にあったパリには、実に700軒以上のカフェが存在していました。どの店も驚くべき文化的活気に満ちていたといいます。
革命直前の時期、これらの店は思想や意見を交換するための重要な場となり、その後に続く政治的・社会的激動に多大な影響を与えることになりました。
情報が行き交う社交の場
ラジオやテレビといった現代的な通信手段がまだ存在しない時代、ニュースは印刷媒体と人々の口コミによってしか広まりませんでした。そんな中、知識人、学生、政治家たちは次第に頻繁にこうした公共の飲食店へ集まるようになります。良質なコーヒーやワインを片手に、彼らは自分たちを取り巻く現実について熱心に議論を交わしたのです。
「クラブ」の誕生――小さな政党の出現
やがてそこには本格的なサークルが形成されるようになりました。時間とともにそれらは政治団体へと発展し、いわゆる「クラブ」と呼ばれる存在へと変わっていきます。小さな政党のような性格を持ったこれらの団体は、革命期において極めて重要な役割を担うことになりました。
クラブでは政治が語られ、同盟が結ばれ、陰謀が企てられました。そして何よりも、困難な現在とは異なる国の未来を夢見る場となったのです。
あらゆる階級が集う場所
パリのカフェに通っていたのは、高い地位にある教養ある人々だけではありません。下層社会の人々もまた、同じ店内に足を運んでいました。
ただし、上流階級だけがスープやパテといった手の込んだ高価な料理を味わうことができました。一方、庶民はより質素な「パリジャン・スープ」――つまりパンと水――で満足するしかありませんでした。
しかし、両者の目的は同じでした。それは、フランスの姿を変えることだったのです。
写真提供:caffe-espresso-italiano.com