ベネディクト・アーノルドが最も恐れていたのは、自分が裏切り者であることが発覚することでした。
大陸軍の将軍からイギリスへの亡命者へ
アーノルドは、アメリカ独立戦争中に大陸軍(アメリカ側)で将軍を務めていた人物です。しかし、彼は密かにイギリス側へ寝返り、ウェストポイント要塞をイギリス軍に引き渡す計画まで進めていました。
この計画が発覚すれば、彼に待っていたのは反逆罪による処刑でした。まさに命懸けの賭けだったのです。
1780年、発覚寸前での逃亡
1780年9月、イギリス軍のジョン・アンドレ少佐がアーノルドとの密約を示す文書を持ったまま捕らえられ、計画は露見しました。裏切りが明るみに出た瞬間、アーノルドは処刑されることを恐れ、即座に逃亡。イギリス軍の艦船へと走り、そのままイギリス側の陣営へと身を投じたのです。
その後のアーノルド
亡命後、アーノルドはイギリス軍の准将として迎え入れられましたが、「裏切り者」という汚名は最後まで消えることはありませんでした。今日でもアメリカにおいて、彼の名前は「裏切り」の代名詞として語り継がれています。