歴史物語

ジミーはなぜ少年に「ポリー・シンプソンさん」について尋ねたのか?――O・ヘンリー『更生』の場面を解説

O・ヘンリー『更生』と「ポリー・シンプソン」の謎

アメリカの作家O・ヘンリーが1903年に発表した短編小説『更生』(原題:A Retrieved Reformation)は、金庫破りの名人ジミー・ヴァレンタインが、ひとりの女性との出会いをきっかけに更生していく姿を描いた名作です。英語圏では学校教材としても広く読まれており、日本語でも『改心』『更生』などの題で親しまれています。

この作品については、「ジミーはなぜ少年に、あの女性がミス・ポリー・シンプソンなのか尋ねるのか?」という質問がよく持ち上がります。一方で、「そんな場面は作品中に存在しない」という指摘も少なくありません。実はこれ、読んでいる版本によって答えが変わるのが原因です。

原文には確かにこの場面がある

完全版の原文では、仮釈放されてアーカンソー州エルモアの町に降り立ったジミーが、銀行の前で一人の若い女性とすれ違い、一目で心を奪われる場面があります。彼は銀行の階段でたむろしていた少年をつかまえ、ダイヤ貨幣をちらつかせながら町の話を聞き出します。そして女性が銀行から出てきた瞬間、急に声のトーンを変えてこう尋ねるのです。

「あのお嬢さんはポリー・シンプソンさんじゃないのですか?」
少年は答えます。「いいや、あの人はアナベル・アダムズだよ。父さんがこの銀行の持ち主なんだ」

つまり「ポリー・シンプソン」はジミーがその場のでっち上げた架空の名前であり、実在の人物ではありません。ただし、教科書や教材に使われる短縮版では、このやり取りごと削除されていることが多いため、「そんな場面はない」と感じる読者が多いのも事実なのです。

なぜジミーは架空の名前を使ったのか?

1. 一目惚れを隠すため

初対面の女性に心を奪れたことを、ストレートに「あの方はどなたですか?」と聞けば、好意をさらけ出す形になってしまいます。見も知らぬ「ポリー・シンプソンさん」かどうか確認する、という体裁を取れば、自然な会話のきっかけを作りながら、本心を悟られずに済むのです。

2. 間接的に情報を集めるため

架空の名前を出せば、少年は「違う」と訂正しながら正しい情報――相手の名前がアナベル・アダムズであること、父親が銀行のオーナーであること――を教えてくれます。ジミーは欲しかった情報だけを、ごく自然に手に入れたわけです。

3. 元犯罪者らしいしたたかさの表現

ジミーは長年、偽名と変装を武器に生きてきたプロフェッショナルです。とっさに嘘の名前を使って場を収めるこの振る舞いは、彼の機転の良さと世渡りの上手さを象徴する描写といえるでしょう。

この場面が物語全体にもつ意味

原文では、女性と視線が合った瞬間、ジミーは「自分が何者であったかを忘れ、別人になった」と描写されます。「ポリー・シンプソン」への問いかけは、まさにその直後の行動であり、金庫破りのジミーが普通の人間として生き始める転換点を示す重要なシーンなのです。

後に子どもが銀行の金庫室に閉じ込められた緊急事態では、ジミーは宿敵である探偵ベン・プライスの目の前で得意の道具を取り出し、金庫を開いて少女を救い出します。ここでようやく「回復された更生(A Retrieved Reformation)」という題名の意味が完成します。冒頭のささやかな嘘が、感動的な結末への伏線になっているのです。

まとめ

「ジミーがポリー・シンプソンについて尋ねる場面はない」というのは、多くの場合、短縮版や一部の翻訳版を読んでいるためです。完全版の原文では、ジミーは一目惚れした相手の正体を知りたいあまり、架空の名前を口にします。それは恋を隠す照れ隠しであり、同時に情報を引き出すための巧妙な手段でした。この小さな嘘があるからこそ、『更生』の結末がいっそう際立つのです。