ハリエット・タブマンとナット・ターナーは、どちらもアメリカの奴隷制に立ち向かった歴史上の重要な人物ですが、その目的と行動様式は大きく異なっていました。
ハリエット・タブマン:自由への脱出を導いた女性
ハリエット・タブマンの主な目標は、アメリカ深南部(ディープサウス)から奴隷たちを脱出させる手助けをすることでした。彼女の活動は二つの形で展開されました。一つは直接的な活動で、逃亡を図る奴隷たちに自ら同行し、「地下鉄道(アンダーグラウンド・レイルロード)」と呼ばれる秘密の脱出ルートを通じて自由な北部へと導くことです。もう一つは間接的な活動として、奴隷制廃止を訴える廃止論者(アボリショニスト)団体の連携や調整を担う役割です。
タブマン自身も元奴隷であり、自らの脱出経験を活かして数多くの人々を自由へと導いたことで、「モーセ」という愛称でも親しまれました。
ナット・ターナー:神の名のもとに反乱を率いた男
一方、ナット・ターナーは武装反乱を主導した点で大きく異なります。彼は、神が奴隷所有者に対して立ち上がり、戦うことを命じていると確信していました。1831年、ターナーはまず自分の奴隷主とその家族を殺害し、その後バージニア州サザンプトン郡内を移動しながら他の奴隷たちを糾合していきました。そして、奴隷制への報復として、奴隷主とその家族を殺害する作戦を展開したのです。
この蜂起は「ナット・ターナーの反乱」として知られ、アメリカ史上最も大規模な奴隷反乱の一つとなりました。
二人の決定的な違い
まとめると、タブマンは非暴力的な救出活動、すなわち奴隷たちの「逃亡の手助け」に人生を捧げたのに対し、ターナーは武力による「反乱」という過激な手段を選択しました。両者とも奴隷制への強い抵抗者であったことは共通していますが、その方法論と思想的背景は対照的だったといえます。