歴史物語

「ブリーディング・サムナー」とは何だったのか?――南北戦争前夜、議会を震撼させた襲撃事件

「ブリーディング・サムナー」事件とは

「ブリーディング・サムナー(Bleeding Sumner)」は、1856年5月22日にアメリカ合衆国上院の議場内で発生した暴力事件です。マサチューセッツ州選出の上院議員チャールズ・サムナーが、奴隷制擁護派のサウスカロライナ州選出の下院議員プレストン・ブルックスによって杖で執拗に殴打され、重傷を負いました。この事件は、当時すでに先鋭化していた北部と南部の対立に決定的な亀裂をもたらし、南北戦争へと至る流れの中で象徴的な出来事となりました。

事件の背景:カンザスをめぐる激しい対立

1850年代のアメリカでは、連邦に新たに加わるカンザスを自由州とするか奴隷州とするかをめぐり、議会が激しく対立していました。カンザス準州では両派による武装衝突が相次ぎ、「ブリーディング・カンザス(血を流すカンザス)」と呼ばれる混乱状態に陥っていました。

こうした情勢の中、サムナー議員は1856年5月19日から20日にかけて、「カンザスに対する罪(The Crime Against Kansas)」と題する演説を行い、奴隷制の拡張とカンザスにおける暴力的な行為を痛烈に批判しました。この演説にはサウスカロライナ州のアンドリュー・バトラー上院議員への辛辣な個人攻撃も含まれており、それがバトラーの親族であるブルックス議員の強い怒りを買うことになったのです。

上院議場で起こった襲撃の経緯

事件当日、サムナー議員はほぼ無人の議場で、机に向かって文書に筆を走らせていました。そこへブルックス議員が近づき、ほとんど言葉を交わすこともなく、ガッタパーチャ製の杖でサムナーの頭部を繰り返し殴り始めたのです。サムナーは立ち上がろうとしましたが、重い机に脚を挟まれたまま身動きが取れず、意識を失って床に倒れるまで暴行を受け続けました。

殴打は杖が折れるまで止むことがなく、ブルックスは折れた杖をそのまま投げ捨てて現場を去りました。サムナーは頭部に深刻な外傷を負い、その後長期間にわたって議務を離れることになりました。一方、南部ではブルックスが「南部の名誉を守った英雄」として称賛され、北部では「文明社会にあるまじき野蛮な暴力」として激しい抗議の声が巻き起こりました。

事件がもたらした影響と歴史的意義

この事件は全米に大きな衝撃を与え、南北間の緊張を一気に高めました。北部では奴隷制反対の世論が急速に盛り上がり、共和党が勢いを増すきっかけとなりました。逆に南部では、ブルックス支持者たちが彼に新しい杖を贈呈するなど、地域ごとの感情の乖離はもはや埋め難いものになっていきました。

「ブリーディング・サムナー」は、話し合いの場であるはずの議会でさえ暴力が振るわれるほど国家が深く分裂していたことを示す出来事であり、わずか数年後に勃発する南北戦争(1861年〜1865年)の前兆として、今日の歴史書においても重要な転換点として位置づけられています。