1692年、アメリカ・マサチューセッツ湾植民地で発生したセーラム魔女裁判では、魔術の罪を着せられた多くの人々が処刑されました。合計20人が命を落としましたが、そのうち絞首刑にされたのは19人です。残りの1人、ジャイルズ・コーリーは証言を拒否したため、石を積み上げて死に至らしめる「石積みの刑」で亡くなっています。
処刑日別に見る犠牲者19人の名前
1692年6月10日
- ブリジット・ビショップ(Bridget Bishop)――最初に処刑された人物
1692年7月19日
- レベッカ・ナース(Rebecca Nurse)
- サラ・グッド(Sarah Good)
- スザンナ・マーティン(Susannah Martin)
- エリザベス・ハウ(Elizabeth Howe)
- サラ・ワイルズ(Sarah Wildes)
1692年8月19日
- ジョージ・バロウズ(George Burroughs)――元セーラム村の牧師
- ジョン・プロクター(John Proctor)
- ジョン・ウィラード(John Willard)
- ジョージ・ジェイコブズ・シニア(George Jacobs Sr.)
- マーサ・キャリア(Martha Carrier)
1692年9月22日
- メアリー・イースティ(Mary Eastey)
- マーサ・コーリー(Martha Corey)
- アリス・パーカー(Alice Parker)
- メアリー・パーカー(Mary Parker)
- アン・ピューディエーター(Ann Pudeator)
- ウィルモット・レッド(Wilmot Redd)
- マーガレット・スコット(Margaret Scott)
- サミュエル・ウォードウェル(Samuel Wardwell)
石積みの刑で亡くなったジャイルズ・コーリー
農夫だったジャイルズ・コーリー(Giles Corey)は、魔女裁判において有罪か無罪かの答弁を最後まで拒みました。当時の法制度では、答弁しない被告には重い石を体の上に積み重ねて自白を迫る拷問が許されており、コーリーは2日間にわたって石を積まれ続け、ついに死亡しました。伝えられるところによれば、彼は最期まで一言も口を開かなかったといいます。
処刑以外でも犠牲者は続出
セーラム魔女裁判の被害は処刑された19人だけにとどまりません。200人近くが告発され、獄中で鎖につながれたまま過ごした人々の中には、劣悪な環境のために獄死した者もいました。また、告発を恐れて町から逃れた家族や、財産を没収された遺族も少なくありませんでした。
この集団ヒステリーとも呼べる悲劇は、1693年初頭にはようやく収束へと向かい、後世になって多くの犠牲者が名誉回復されています。セーラム魔女裁判は、根拠のない疑いとパニックが引き起こす悲劇の典型例として、今日なお世界中で語り継がれています。