「クリストファー・コロンブスはこの祝日をどのように祝いましたか?」という疑問に対して、「コロンブスがイースター島を祝ったという証拠はない」という回答が返されることがあります。これは、キリスト教の祝日である復活祭(イースター)と、南太平洋に浮かぶイースター島が混同されていることによるものです。まずはこの点を整理しておきましょう。
コロンブスとイースター島をつなぐ記録は存在しない
イースター島は、南東太平洋に位置するチリ領の孤島で、最も近い有人地からも数千キロ離れた、世界有数の隔絶された島として知られています。モアイ像で有名なこの島にヨーロッパ人が初めて到達したのは1722年。オランダの探検家ヤコブ・ロッヘヴェーンが、復活祭の日曜日に島を発見したことから「イースター島」と名付けられました。
一方、コロンブスの生没年は1451年〜1506年で、新大陸へ向けて出航したのは1492年のことです。つまり、コロンブスの死から200年以上後にヨーロッパ人によって初めて発見されたのがイースター島であり、コロンブスが同島を訪れた、あるいはそこで何かを「祝った」という記録は一切存在しません。そもそも当時のヨーロッパ人にとって、イースター島の存在自体が未知だったのです。
では、コロンブスは復活祭をどう過ごしていたのか?
もし質問の意図が「復活祭(イースター)そのもの」であれば、話は別です。コロンブスの時代のスペインはカトリック信仰が非常に強く、遠征航海には司祭が同行し、船上や上陸先でミサが執り行われるのが通例でした。コロンブス自身も敬虔なカトリック教徒であり、航海日誌には神への感謝や祈りへの言及がたびたび見られます。
ただし、復活祭を具体的にどのような儀式や振る舞いで祝ったのかを詳しく記した記録はほとんど残っていません。確実に言えるのは、当時の探検航海において宗教的儀礼が重要な役割を果たしていた、ということだけです。
まとめ
「コロンブスがイースター島を祝った」という証拠はなく、彼がイースター島を訪れることもありませんでした。イースター島の名前の由来は、1722年にオランダ人探検家が復活祭の日曜日に発見したことにあります。一方、コロンブス自身はカトリック教徒として復活祭などの宗教行事を大切にしていたと考えられますが、その詳細を伝える記録は限られています。
「イースター」と「イースター島」はまったくの別物——この違いを押さえておくと、歴史にまつわる話がぐっと分かりやすくなります。