歴史物語

ドレッド・スコット判決を支持したのは誰か?支持の背景にあった理由を解説

ドレッド・スコット判決をめぐる支持者たち

1857年に下されたドレッド・スコット判決は、当時のアメリカ合衆国において多くの人々から支持を受けていました。奴隷として連邦裁判所に自由を求めて訴えたドレッド・スコットに対し、最高裁判所は「黒人は市民ではなく、連邦裁判所で訴える資格がない」という衝撃的な結論を下します。この判決を支持した主な勢力は以下の通りです。

判決を支持した主な人物・勢力

  • ジェームズ・ブキャナン大統領:就任演説の中で、この判決は「憲法の正しい解釈である」と述べ、公然と支持を表明しました。
  • アメリカ合衆国最高裁判所:7対2という圧倒的多数の票差で、スコットが市民権を持たず、連邦裁判所で訴訟を起こせないと判断しました。
  • 民主党:南北の勢力均衡を維持する手段として、この判決を支持しました。
  • 多くの南部の白人:奴隷制を守るために必要な判決であると信じていました。

彼らが判決を支持した理由

ドレッド・スコット判決を支持した人々の動機は多岐にわたりますが、大きく分けて次の3つの要因が挙げられます。

1. 人種差別的な思想

当時の多くの白人アメリカ人は、黒人は白人より劣っており、市民権を与えられるべきではないと考えていました。この考え方は判決文にも色濃く反映されており、黒人は「劣った階級の存在」であり、白人と同じ権利を持つことはできないと明言されました。

2. 州の主権(州権)の重視

南部の人々の多くは、奴隷制は各州が独自に決めるべき問題であり、連邦政府が干渉すべきではないと主張していました。判決では、新しい準州での奴隷制を禁止したミズーリ妥協が州の権利に反するものとして違憲とされ、この考え方が裏付けられる形となりました。

3. 政治上の便宜

多くの政治家にとって、この判決は奴隷制という国内を二分する争点を回避するための都合の良い手段でした。特に北部では奴隷制廃止運動が勢いを増しており、判決を支持することで奴隷所有者と廃止論者の双方の懸念を和らげようとしたのです。

歴史に残した影響

ドレッド・スコット判決は、アメリカにおける奴隷制の歴史における重大な転換点となりました。この判決は南部の奴隷制を一層強固なものにし、廃止論者が奴隷制撤廃を訴えることを困難にしました。同時に、南北間の緊張をさらに高め、最終的に南北戦争へと国を導く一因となったのです。