1991年にイタリアとオーストリアの国境に近いアルプスの氷河から発見された「アイスマン」ことミイラ男エッツィ(Ötzi)は、約5300年前の銅器時代に生きた人物として世界中で知られています。彼の死因や死亡した季節については、長年にわたりさまざまな議論が交わされてきました。
「春に死亡した」という説には根拠がない?
ネット上では「考古学者たちはエッツィが春に亡くなったと考えている」という情報が広く流れていますが、実際には、春に死亡したことを裏付ける確かな証拠は存在しないとされています。
むしろ多くの専門家は、彼が亡くなった季節を「秋」と見ています。その最大の根拠となっているのが、彼の胃の中に奇跡的に保存されていた食べ物の痕跡です。
胃の内容物が明かす最期の姿
エッツィの胃からは、ノヤギ(アイベックス)の肉や、古代小麦の一種であるヒトツブコムギなどが検出されました。これらの食べ物の種類や消化の進み具合から、研究者たちは彼が秋に最後の食事をとり、その後まもなく命を落としたと推測しています。
さらに、彼の所持品の近くからはクロウメモドキの熟した果実も見つかっており、この果実が実るのが秋であることからも、「秋死亡説」を支える材料のひとつとされてきました。
花粉分析による異論も存在
一方で、消化器官から検出された樹木の花粉をもとに、「晩春から初夏に死亡した可能性がある」とする研究も発表されています。このようにエッツィの正確な死亡時期については今なお完全な一致はありませんが、「胃に残された食事の状態から秋と考える専門家が多い」という点では見解が共通しています。
まとめ
エッツィが春に亡くなったという説には確固たる証拠がなく、多くの専門家は胃に残された食事の痕跡をもとに、彼の死を秋の出来事と捉えています。5300年の時を超えて現代に姿を現した彼の遺体は、銅器時代の人々の食生活や暮らしを知るうえで、かけがえのないタイムカプセルであり続けています。