「狩猟採集民がナイル川流域に移住したのではないか」という疑問を持つ人は少なくありません。しかし、考古学的な知見によれば、これは事実とは異なります。
ナイル川流域に定住したのは農耕民だった
狩猟採集民がナイル川流域へ大規模に移住したわけではありません。実際には、紀元前6000年頃、いわゆる新石器時代に、農耕を行う人々がこの地域へ定住を始めたと考えられています。
農耕民にとって理想的な環境
ナイル川のもたらす豊かな水と、氾濫によって育まれる肥沃な土壌は、農業に理想的な条件でした。小麦や大麦といった穀物の栽培、さらに牛や羊などの家畜の飼育も可能であり、定住生活を営むうえで絶好の場所だったのです。
狩猟採集から農耕社会への転換
それ以前の時代、ナイル川流域やその周辺では狩猟採集民が生活していました。しかし、気候変動などによる環境の変化に伴い、人々は次第に植物の栽培や動物の飼育へと生活様式を移行させていきました。
こうして形成された農耕社会こそが、後にナイル川の恵みを最大限に活かし、世界四大文明の一つである古代エジプト文明へと発展していく基盤となったのです。