歴史物語

ソンミ村虐殺事件(マイライ虐殺)はテト攻勢の前に起きたのか?

結論:マイライ虐殺はテト攻勢の開始「後」に発生した

マイライ虐殺(ソンミ村虐殺事件とも呼ばれる)は1968年3月16日に発生しました。一方、テト攻勢は1968年1月31日に開始されています。したがって、マイライ虐殺はテト攻勢の前に起きたのではなく、その約6週間後に起こった出来事であるというのが正解です。

テト攻勢とは何だったのか

テト攻勢は、ベトナム戦争中の1968年1月31日、旧正月(テト)に合わせて北ベトナム軍と南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)が仕掛けた大規模な攻勢作戦です。サイゴンのアメリカ大使館までが襲撃されるなど、アメリカ国内に大きな衝撃を与え、戦争への世論を大きく変える転換点となりました。

マイライ虐殺の概要

マイライ虐殺は、1968年3月16日、南ベトナムクアンガイ省ソンミ村(マイライ集落)において、アメリカ陸軍チャーリー中隊が武装していない住民に対して行った大量虐殺です。犠牲者の数は推定で347人から500人以上に及ぶとされており、女性や子ども、高齢者も含まれていました。

二つの出来事をつなぐ背景

この虐殺とテト攻勢には無関係ではありません。テト攻勢以降、米軍兵士の間では民間人の中にもベトコンの協力者が潜んでいるのではないかという疑心暗鬼が強まっていました。さらにチャーリー中隊は任務地域に到着する前から地雷やブービートラップによる死傷者を出しており、報復心が高まっていたといわれています。こうした極度の緊張状態が、悲劇的な虐殺につながったと考えられています。

つまり、時系列としては「テト攻勢(1月31日)→ マイライ虐殺(3月16日)」であり、虐殺はテト攻勢がもたらした戦場の混乱と心理的影響の中で起きたのです。