歴史物語

ジョージ3世とベンジャミン・フランクリンはどのように交流したのか?植民地時代の両者の関係を解説

ジョージ3世とベンジャミン・フランクリンの交流

イギリス国王ジョージ3世と、アメリカ植民地の代表としてロンドンに滞在していたベンジャミン・フランクリンは、いくつかの場面で接点を持ちました。しかし、その関係はあくまで形式的なものであり、深い対話や交渉が行われた記録はほとんど残っていません。ここでは、特に注目すべき出来事を年代順に紹介します。

1. 1766年:印紙法をめぐる時期

フランクリンが植民地の外交使節としてロンドンに滞在していた頃、国王との謁見の機会があったとされ、ジョージ3世は印紙法(スタンプ法)の成功を称賛したと言われています。なお、この時期のフランクリンの活動として特に有名なのは、庶民院での証言であり、国王との直接の対面はごく限られたものでした。

2. 1774年:請願書の提出と拒絶

大陸会議は、植民地側の不満の是正を求める請願書を国王に届けるための使節団をロンドンへ送りました。フランクリンもその一員でしたが、ジョージ3世は請願書を検討することを拒み、フランクリンを含む使節団との面会にも応じませんでした。

3. 1775〜1776年:独立戦争の勃発前後

フランクリンは、アメリカ独立戦争が勃発してまもない頃までロンドンに留まりました。この期間、彼はイギリス政府との和解を繰り返し試み、国王との面会も模索しましたが、この時期にジョージ3世と直接やり取りしたという記録は残っていません。

両者の関係が限定的だった理由

ジョージ3世とフランクリンが物理的に同じ場所に居合わせた機会はいくつかありましたが、イギリスとアメリカ植民地の関係が急速に悪化する中で、両者が本格的な対話や交渉を行った証拠はありません。両者の接触は、公式な行事や大規模な使節団の会合の一環として行われることがほとんどで、親密で実質的な意見交換には至らなかったのです。こうした距離感は、やがて訪れる植民地の独立という歴史的転換点を象徴するものとも言えるでしょう。