歴史物語

エドワード・ブラドック将軍は戦闘中に即死したのか?その最期の真相

いいえ、エドワード・ブラドック将軍が戦闘中に即死したというのは事実ではありません。彼は戦闘で致命傷を負い、その後、馬車(担架)で運ばれる途中、メリーランド州カンバーランド砦へ向かう道中で息を引き取りました。

ブラドック将軍の最期の経緯

1755年7月9日、フレンチ・インディアン戦争中のモノンガヒラの戦いにおいて、ブラドック将軍率いるイギリス軍は、デュケーヌ砦(現在のペンシルベニア州ピッツバーグ付近)近郊でフランス軍と先住民部隊の待ち伏せ攻撃を受けました。この奇襲によりイギリス軍は大混乱に陥り、多くの兵士が犠牲となりました。

ブラドック将軍自身もこの戦闘の中で腹部などに致命的な銃弾を受けて重傷を負いました。しかし、彼はその場で死亡したわけではなく、負傷した状態で後方への撤退を続けました。

死亡までの日数と場所

将軍は負傷後、馬上で運ばれながら撤退を続けましたが、傷の回復は望めませんでした。そして負傷から4日後の1755年7月13日、メリーランド州カンバーランド砦へ向かう途上で亡くなったとされています。享年60歳でした。

ジョージ・ワシントンの関わり

興味深いことに、この遠征には若き日のジョージ・ワシントンが副官として参加していました。ワシントンは負傷した将軍のそばに付き添い、最期を看取った一人とも言われています。この経験は、後にアメリカ独立戦争で総司令官となるワシントンにとって貴重な軍事的教訓となりました。

まとめ

つまり、ブラドック将軍は「戦闘中に射殺された」のではなく、「戦闘で致命傷を負い、数日後に搬送途中で死亡した」というのが正確な史実です。彼の敗北はイギリス軍にとって大きな打撃となりましたが、この戦いは北米における植民地戦争の歴史において重要な転換点の一つとして記録されています。