パイプ爆弾が初めて作られた正確な時期や製作者については、明確で決定的な記録が残っていません。初期の爆発装置に関する記述は資料によって異なり、特定の個人を断定できるケースはほとんどありません。とはいえ、歴史的な文献に基づけば、パイプ爆弾の発展や使用に関わったとされる以下のような人物・団体が挙げられます。
パイプ爆弾の歴史に関わる主な人物・団体
1. グスタフ・プラスキエヴィチ(Gustave Praszkiewicz)
ポーランド出身のアナキスト(無政府主義者)とされるプラスキエヴィチは、1880年にロシア皇帝アレクサンドル2世への暗殺未遂事件でパイプ爆弾を作製・使用した人物として、しばしば言及されます。
2. ジョン・ブラウン(John Brown)
19世紀のアメリカ合衆国で奴隷制廃止を掲げて闘った急進的な改革者ジョン・ブラウンは、自ら「地獄の機械(インファーナル・マシン)」と呼んだ爆発装置を、奴隷制に反対する闘争の中で用いたと伝えられています。
3. アイルランド共和兄弟会(IRB)
19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリスの支配からのアイルランド独立を目指す運動を展開したアイルランド共和兄弟会(IRB)は、パイプ爆弾をはじめとする即製爆発装置を活動の中で使用しました。
4. フィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi)
イタリアの建築家・技術者として名高いブルネレスキも、一部の資料では「地獄の機械」と呼ばれるパイプ型の爆発装置を設計したとされ、1440年にメディチ家がフィレンツェでの権力を固める際に活用されたと語られています。ただし、この説を裏付ける確かな史料は乏しく、後世の伝承である可能性も指摘されています。
まとめ
初期のパイプ爆弾は、既存の権威や社会体制に異を唱える革命運動やアナキズム(無政府主義)運動と深く結びついていました。しかし時代が下るにつれ、パイプ爆弾はテロ組織や犯罪者、一部の個人によって違法な目的にも使われるようになりました。現在では、こうした装置の製造・所持・使用は多くの国で重罪とされており、厳しく取り締まられています。