ローザ・パークス(Rosa Parks)は、アメリカの公民権運動を代表する活動家です。1955年12月1日、アラバマ州モンゴメリーの市営バスの中で白人男性に席を譲ることを拒否したことがきっかけとなり、歴史に残る「モンゴメリー・バス・ボイコット」が始まりました。
ここでは、ローザ・パークスの人生における重要な日付を時系列でご紹介します。
ローザ・パークスの生涯と重要な出来事
1913年2月4日
ローザ・ルイーズ・マコーリーとして、アラバマ州タスキーギに誕生しました。
1932年
理髪師のレイモンド・パークスと結婚し、以降は「ローザ・パークス」として知られるようになります。夫もまた公民権活動に深く関わる人物でした。
1955年12月1日
アラバマ州モンゴメリーの市営バス内で、白人男性に席を譲ることを拒否。市の人種分離条例違反により逮捕され、有罪判決を受けました。この出来事が、公民権運動の大きな転換点となります。
1955年12月5日
ローザ・パークスの逮捕に抗議するため、黒人コミュニティによる「モンゴメリー・バス・ボイコット」が開始されました。このボイコットは約1年間続き、若き日のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が指導者として頭角を現す場ともなりました。
1956年11月13日
連邦最高裁判所は「ブラウダー対ゲイル事件」の判決において、公共バスにおける人種分離は憲法違反であると判断しました。これを受けてボイコットは同年12月20日に終了し、バスの人種隔離は撤廃されました。
1994年
自伝『Quiet Strength(静かなる力)』を出版し、自らの信念と人生観を綴りました。
2005年10月24日
92歳でこの世を去りました。死去の際には、議会議事堂に遺体が安置された初の女性となるなど、国を挙げてその功績が称えられました。
ローザ・パークスが残したもの
ローザ・パークスの勇気と公民権への揺るぎない献身は、アメリカにおける公共交通機関や公共施設の人種差別撤廃へとつながる大きな原動力となりました。「公民権運動の母」と呼ばれる彼女は、今日でも最も重要な歴史上の人物の一人として記憶されています。