マーティン・フロビッシャーとは何者か?
マーティン・フロビッシャー(Martin Frobisher)は、1535年頃にイングランドのドンカスターに生まれた、名高い探検家兼航海士です。ヨーロッパからアジアへ直結する海路である「北西航路」を求めて北米へ遠征したことで広く知られています。
北極圏への3度の航海
フロビッシャーは北西航路の探索のため、3度にわたって北極圏への航海を実施しました。
第一次航海(1576年)
ラブラドル沿岸およびバフィン島の海岸線を探検しました。
第二次航海(1577年)
さらに北極圏の奥深くへ進み、フロビッシャー湾に到達しました。彼はこの湾を、長らく探し求められてきた北西航路の入り口であると誤って信じていました。
第三次航海(1578年)
この地域に入植地を建設することを目指しましたが、数々の困難に直面し、最終的には失敗に終わりました。
金鉱石の「発見」とその顛末
遠征の過程で、フロビッシャーはバフィン島において金鉱石と考えられる鉱石を発見しました。大量の鉱石がイングランドに持ち帰られ、国内は大きな興奮に包まれました。しかし、詳細な分析の結果、鉱石にはほとんど金が含まれていないことが判明し、関係者を大きく失望させました。
「メタ・インコグニタ」の命名
フロビッシャーは、金を発見したと確信した地域を「メタ・インコグニタ(Meta Incognita)」、すなわち「未知の限界の地」と名付けました。この名称は、より具体的な地理学的呼称に置き換えられるまでの数年間、同地域を指す名称として用いられました。
北西航路探索の歴史的意義
フロビッシャーの遠征は、アジアへの短絡航路を求める探検家や商人たちの長年の夢であった北西航路探索という、より大きな挑戦の一環でした。航路の発見こそ叶いませんでしたが、彼の航海は北極圏探検の発展に寄与し、ヨーロッパにおけるこの地域の知識を大幅に拡充させました。
海軍での経歴とナイト叙勲
マーティン・フロビッシャーは海軍軍人としても優れたキャリアを築き、数々の重要な海戦に参戦して、最終的に提督の地位まで昇り詰めました。特に1588年のスペイン無敵艦隊との戦いでの活躍が高く評価され、同年、エリザベス1世女王によりナイトに叙勲されました。
その最期
マーティン・フロビッシャーは1594年、サー・ジョン・ノリス率いるイングランド艦隊に従事していた際、フランスのブレスト攻撃作戦中に戦死し、59歳の生涯を閉じました。
まとめ
マーティン・フロビッシャーの探検と北西航路の追求は、大航海時代の歴史に永続的な足跡を残すとともに、当時における北極地域への理解を深める重要な貢献を果たしました。