恐怖政治(La Terreur)――フランス革命の暗黒時代
マクシミリアン・ロベスピエールは、フランス革命(1789年〜)における最重要人物の一人であり、1793年から1794年にかけて続いた「恐怖政治」と呼ばれる激しい政治弾圧と暴力の時代において、中心的な役割を果たしました。
公安委員会による粛清
この時期、ロベスピエールとその同志たちは公安委員会(Comité de salut public)を通じて革命政府の実権を握り、「反革命分子」や「国家の敵」とみなした人々を次々と処刑していきました。処刑の手段として用いられたのは、当時「人道的で平等な処刑法」とされたギロチンです。
犠牲となったのは数千人に及び、その中には実際には何の罪も犯していない無実の人々が数多く含まれていました。疑心暗鬼が社会全体を覆り、密告や投獄が日常化する恐怖の時代でした。
恐怖政治の終焉――テルミドールのクーデター
しかし、過酷な粛清はやがてロベスピエール自身にも牙を向けます。1794年7月(革命暦テルミドール月)、国民公会内の反対派によって彼は逮捕され、裁判を経ることなくギロチンにて処刑されました。これにより恐怖政治は幕を閉じ、この政変は歴史上「テルミドールのクーデター」として知られています。
皮肉なことに、かつて数千人の命を断った装置によって、ロベスピエール自身がその生涯を終えたのです。彼の死は、権力の暴走が自らを滅ぼしうるという歴史の教訓として、今日まで語り継がれています。