歴史物語

戦艦「ペンシルベニア」は真珠湾攻撃で被弾したのか?

結論から言えば、はい。USSペンシルベニア(BB-38)は1941年12月7日の真珠湾攻撃の際、ハワイ・真珠湾に停泊しており、日本軍の攻撃によって損傷を負いました。

攻撃当時のペンシルベニアの状況

ペンシルベニアはアメリカ海軍のペンシルベニア級戦艦のネームシップであり、太平洋艦隊の旗艦を務めた歴史ある軍艦です。攻撃当日、同艦は真珠湾の第1乾ドックに入渠しており、駆逐艦カッシン(Cassin)およびダウンズ(Downes)と並んで定期修理を受けている最中でした。

攻撃による被害

日本軍の艦載機による空襲で、ペンシルベニアは爆弾の直撃を受け、艦体に深刻な損傷を負いました。この攻撃により乗員15名が命を落とし、さらに多くの負傷者が出たと記録されています。
また、同じ乾ドック内にいた駆逐艦カッシンとダウンズも甚大な被害を受け、両艦とも大破して事実上スクラップとなり、部品を流用する形で再建されました。

修理後の活躍

真珠湾で損傷を負ったものの、ペンシルベニアは応急修理と本格的な修復を経て戦線に復帰し、第二次世界大戦を通じて太平洋で重要な役割を果たしました。主な参戦歴は以下の通りです。

・アリューシャン列島方面の作戦
・タラワの戦い
・レイテ沖海戦(スリガオ海峡での夜戦)
・沖縄戦

特にレイテ沖海戦では、西村艦隊との砲戦に参加するなど、旧式化しながらも第一線で戦い抜きました。

その最期

終戦後の1946年、ペンシルベニアはビキニ環礁で実施された核実験「クロスロード作戦」の標的艦として使用されました。その後しばらく実験・保管に用いられ、1948年に標的艦として沈められ、約30年に及ぶ艦歴に幕を下ろしました。