「血の日曜日(Bloody Sunday)」は、1972年1月30日に北アイルランドのデリー(歴史的にはロンドンデリーとも呼ばれる)で発生した、通称「ボグサイド虐殺」としても知られる悲劇的な事件です。この日、イギリス陸軍落下傘連隊の兵士たちが、無武装の市民権デモ参加者や傍観者に対して発砲し、14人の命を奪いました。
事件の背景と経緯
当時、イギリス政府は暫定IRA(アイルランド共和軍)の容疑者に対して「拘禁政策」、すなわち裁判なしに投獄する措置を実施していました。この政策に抗議するため、市民たちはデモ行進を行いました。しかし、行進中にイギリス軍落下傘連隊の兵士が発砲し、13人がその場で死亡、さらに1人が当日の負傷がもとで後に亡くなりました。
特に衝撃的とされたのは、一部の犠牲者が銃撃から逃げようとしている最中や、負傷者の救護を行っていた最中に撃たれていたという事実です。
事件がもたらした影響
この事件は、「北アイルランド紛争(ザ・トラブルズ)における最も悪名高い事件の一つ」と評されました。事件後には北アイルランド全土で大規模な暴動が発生し、イギリス陸軍、とりわけ責任を問われた落下傘部隊の評判は大きく損なわれました。また、この悲劇はナショナリスト(アイルランド民族主義者)による暫定IRAへの支持を強める一因ともなりました。
サヴィル調査委員会の結論
イギリス政府が設置したサヴィル調査委員会は、長期にわたる調査の結果を2010年6月に公表しました。報告書は以下のような結論を下しました。
- 「いくつかの例外を除き、支援中隊の兵士たちは明らかに誤った行動をとっていた」
- 殺害行為は「正当化されず、正当化の余地もない(unjustified and unjustifiable)」ものであった
- 撃たれた被害者側には一切の非がなく、完全に潔白であることが証明された
国家としての謝罪
調査結果を受け、当時のイギリス首相デーヴィッド・キャメロンは下院で正式に謝罪を行いました。また、エリザベス2世女王も「正当化されない、正当化の余地のない命の喪失」について遺憾の意を表明しました。血の日曜日は、北アイルランド和平プロセスにおける重要な転換点として、今なお深く記憶され続けています。