アジアの歴史

紀元前1195年〜紀元前926年:海の民とヘブライ人、イスラエル王国の興亡

紀元前1195年〜紀元前926年:海の民とヘブライ人、イスラエル王国の興亡

紀元前1195年頃:海の民、ヒッタイト帝国を滅ぼす

海の民は、ギリシャ本土やエーゲ海の島々、アナトリア半島(現在のトルコ)南西部から来たと考えられています。彼らは新しい定住地を求めて移動を続け、その途上で出会ったあらゆるものを略奪し、破壊していきました。やがてカナン地方(フェニキアを除く)に侵入し、強大だったヒッタイト帝国を崩壊へと追い込みます。

紀元前1190年頃:海の民、エジプトを攻撃

勢いに乗る海の民は、次にエジプトへの侵攻を試みました。しかしエジプトはこれを撃退することに成功します。この敗北の後、海の民はまとまりを失い、地中海世界の各地へと散っていきました。

紀元前1150年頃:ペリシテ人、カナンの地に定住

海の民の一派であるペレセト族は、カナンの沿岸部に侵入して定住しました。彼らは聖書の中で「ペリシテ人」と呼ばれ、後にこの中東地域の名称——パレスチナ——の由来となったことで知られています。
紀元前1195年〜紀元前926年:海の民とヘブライ人、イスラエル王国の興亡

紀元前1020年頃:ヘブライ人、カナンを守る

ヘブライ人は、ペリシテ人の脅威から自らの土地を守らなければなりませんでした。そこで彼らは、戦いを率いる王としてサウルを選びます。しかし、この時代の真の英雄は、ダビデという若き戦士でした。聖書には、彼が投石器から放った一つの石で、ペリシテ側最強の巨人戦士ゴリアテを打ち倒した逸話が語られています。

紀元前1000年頃:アッシリア帝国の台頭

同じ頃、メソポタミアではアッシリア人が勢力を拡大し、のちに古代オリエント最大級となるアッシリア帝国の建設を開始します。

紀元前1000年頃〜965年頃:ヘブライの王ダビデの治世

サウルの死後、ダビデが王となり、ついにペリシテ人を打ち破りました。彼はヘブライ人を一つの王国へと統一し、その国はイスラエルと呼ばれるようになります。さらにエルサレムを征服して王国の首都とし、国家の基盤を固めました。

紀元前965年頃〜928年頃:ヘブライの王ソロモンの治世

父ダビデの死後、息子のソロモンが王位を継ぎます。彼は周辺諸国との交易関係、とりわけ海洋交易で栄えていたフェニキア人との結びつきを深め、イスラエルに富と繁栄をもたらしました。また、自らの神に捧げる壮麗な神殿をエルサレムに建設したことでも有名です。

紀元前1195年〜紀元前926年:海の民とヘブライ人、イスラエル王国の興亡

紀元前926年頃:イスラエル王国、南北に分裂

ソロモンの死後、北と南の間で対立が勃発し、統一王国は二つの王国へと分裂しました。北にイスラエル王国、南にユダ王国です。ここに、ヘブライ人による統一国家の時代は幕を閉じます。

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参考資料

書籍:『聖書』——神聖な物語・文章・記号を理解するために(Geohistory)