第二次世界大戦中に設置された日系人強制収容所(日系人強制移住施設)の始まりは、1942年2月19日です。この日、当時のフランクリン・D・ルーズベルト大統領が大統領令9066号に署名したことで、その歴史が幕を開けました。
大統領令9066号とは何か
大統領令9066号は、真珠湾攻撃後の米国内における「軍事上の必要性」を理由に、特定の人々に対して軍が指定する地域からの退去や移動の制限を認めるものでした。実際には、主に西海岸地域に暮らす日本出身者および日系アメリカ人が対象となり、約12万人もの人々が自宅や仕事を奪われて内陸部の収容所へと強制的に移住させられました。
収容所の実態と終わり
被収容者の大多数はアメリカ国籍を持つ市民であり、多くが子どもや高齢者でした。彼らはカリフォルニア州マンザナーをはじめとする全米10か所の収容所で、1942年から終戦後の1945〜46年頃まで厳しい環境の中での生活を余儀なくされました。
この歴史は後に重大な人権侵害であったと認識されるようになり、1988年に成立した「市民の自由法」(Civil Liberties Act of 1988)において、アメリカ政府は公式に謝罪し、生存していた被収容者への補償金支払いが行われました。
まとめ
日系人強制収容所は、1942年2月19日の大統領令9066号の署名をもって始まりました。平和な日常を送っていた人々が一方的に自由を奪われたこの出来事は、戦時下における差別と偏見の危うさを今に伝える重要な歴史の教訓です。