カラコルムからハンバリクへ都を移したのはフビライ・ハン
モンゴル帝国の首都をカラコルム(ハラホリン)からハンバリク(現在の北京)へ移したのは、チンギス・ハンの孫にあたるフビライ・ハンです。
フビライ・ハンは1260年にモンゴル帝国の第5代皇帝(ハーン)として即位し、中国本土の統治を重視する路線を採りました。その一環として、1264年にハンバリクを新たな首都と定めました。ハンバリクは後に「大都(ダードゥ)」とも呼ばれ、現在の中華人民共和国の首都・北京の基礎となった都市です。
元王朝の成立とハンバリクの役割
1271年には国号を「大元」(元王朝)と定め、中国式王朝としての性格を一層強めました。ハンバリクは政治・経済の中心地として大きく繁栄し、マルコ・ポーロが『東方見聞録』でその壮麗さを絶賛したことでも知られています。
一方、旧都カラコルムはモンゴル高原における伝統的な中心地でしたが、フビライ・ハンの中国重視の政策により、政治的な重要性は相対的に低下していきました。この遷都は、遊牧国家から広大な農耕地帯を統治する王朝への転換を象徴する、歴史的に非常に重要な出来事とされています。