北米の歴史

PAC(進歩的行動委員会)はどのように設立されたのか?その歴史と役割

PAC(進歩的行動委員会)の設立

進歩的行動委員会(Progressive Action Committee、PAC)は、1969年に下院のリベラル派議員による政治委員会として設立されました。設立の中心となったのは、ミネソタ州選出のドナルド・M・フレイザー、カリフォルニア州選出のロナルド・V・デルムス、ミズーリ州選出のビル・クレイの各下院議員であり、初代代表にはロバート・K・ボイヤーが就任しました。

1960年代の改革運動から生まれた組織

PACは、1960年代にキャピトルヒルで活発化していた改革運動を母体として発展したものです。当時、多くの新しい連邦議会議員が当選し、議会に新風をもたらそうとしていました。PACはそうした新進議員たちに対し、自らが推進する法案を成立させるための政策アイデアや賛成票を提供する役割を担いました。

1972年選挙後の拡大

1972年の選挙後には、同年の大統領選挙でシャーリー・チザムを支持した新人民主党議員25人のうち、実に20人がPACのメンバーに名を連ねました。このことは、PACが当時の進歩派議員たちにとって重要な受け皿となっていたことを示しています。

1970年代半ばの左傾化とジョージ・ミラーの主導

1970年代半ばになると、新委員長ジョージ・ミラーの主導のもと、PACはより左派的な路線へと方向転換を始めました。ミラーは、アンゴラにおける米国政策への批判、中華人民共和国の承認、B-1爆撃機計画の凍結などを求める決議案を提出し、これらは民主党の強固な支持を受けて可決されました。

現代におけるPACの役割

PACは下院で最も著名なリベラル派会派の一つであり、民主党と連携関係にあります。市民権、環境保護、労働者の権利といった進歩的な立法の推進において、PACは重要な原動力となってきました。

さらに、PACは進歩的な候補者を下院に送り出すことにも大きく貢献しています。たとえば2006年の中間選挙では、1億ドルを超える資金を投入し、進歩派の民主党候補者たちの当選を支援しました。