北米の歴史

イーライ・ホイットニーはイェール大学で学位を取得したのか?その生涯と業績を解説

イーライ・ホイットニーはイェール大学で学位を取得したのか?

結論から言うと、イーライ・ホイットニーはイェール大学を卒業し、正式に学位を取得しています。彼は1792年にイェール・カレッジ(現在のイェール大学)を卒業しました。

イェール大学への入学までの道のり

ホイットニーは1765年、マサチューセッツ州の農家に生まれました。家は決して豊かではなく、彼は農作業のほか、釘の製造・販売などで働き、自力で学資を貯めました。そのため、イェールへの入学は1789年、23歳のときと、当時の学生としてはやや遅いスタートとなりました。

しかし在学中は優秀な成績を収め、卒業時には優等生の栄誉ある学術団体「ファイ・ベータ・カッパ」の会員に選ばれたと伝えられています。

卒業後の転機——コットン・ジンの発明

1792年の卒業後、ホイットニーはジョージア州で家庭教師の職を得るために南部へ向かいました。ところが、その職が突然なくなったことをきっかけに、独立戦争の英雄ナサニエル・グリーン将軍の未亡人であるキャサリン・グリーン夫人の邸宅に招かれることになります。

そこで彼は、綿花から種子を取り除く作業が非常に非効率であることに着目し、1793年にコットン・ジン(綿繰り機)を発明しました。この発明により、綿花の繊維と種を分離する作業は飛躍的に高速化され、アメリカ南部の綿花産業、ひいてはアメリカ経済全体に絶大な影響を与えることになりました。

まとめ

イーライ・ホイットニーは、苦学の末に1792年にイェール大学で学位を取得した人物です。卒業後に発明したコットン・ジンは産業史を変える大発明となり、その後も工作機械(フライス盤)技術の発展や、アメリカ政府向けマスケット銃の量産など、製造業の近代化にも大きく貢献しました。