北米の歴史

1920年代アメリカにおける排外主義(ネイティヴィズム)の一例とは?KKKによる移民制限と優生学推進

1920年代の排外主義を象徴する動き

1920年代のアメリカ合衆国において、クー・クラックス・クラン(KKK)は移民を制限する法律の成立を積極的に推進するとともに、優生学(eugenics)の普及にも力を注ぎました。この一連の活動は、当時のアメリカ社会に広がっていた排外主義、すなわち「ネイティヴィズム(nativism)」の典型例として挙げられます。

なぜこれが排外主義の一例なのか

この事例が排外主義に分類される理由は、主に次の2点にあります。

1. 生まれながらのアメリカ人を優遇する政策の推進
移民よりもアメリカ生まれの白人市民を優位に置こうとする政策を掲げ、外国出身者を社会から排除しようとする姿勢が明確でした。実際、1924年に成立した「ジョンソン=リード法(移民法)」は、国別割当制度によって南欧・東欧系やアジア系移民の流入を大幅に制限しました。

2. 優生学に基づく「人口の質的改善」の主張
人間の選択的な繁殖を促すことで、集団の遺伝的構成を「改善」できると主張した点も特徴です。この思想は当時の一部の科学者や政治家にも受け入れられ、強制的な不妊手術を認める法律が複数の州で成立するなど、深刻な人権侵害につながりました。

歴史的な教訓

KKKは1920年代に会員数が数百万規模へと急拡大し、単なる秘密結社にとどまらず、政治や社会に大きな影響力を持つ存在となりました。移民排斥と優生学の推進というこの動きは、特定の人種・出身集団を「本物の国民」とみなし、他者を排除する思想が制度や法律として定着しうることを示す歴史的事例として、今日でも重要な教訓とされています。