「奴隷制が始まってから対立が表面化するまで200年もの歳月がかかった」という見方は、実は大きく誇張されています。歴史をたどれば、抑圧への抵抗と抗議の声は、はるかに早い段階から存在していたのです。以下、主要な転換点を時系列で見ていきましょう。
1676年:北米初の大規模な武装蜂起
1676年、バージニア植民地で起きた「ベーコンの反乱」は、北米における最初期の大規模な反乱の一つです。指導者ナサニエル・ベーコンのもと、貧しい白人年季奉公人とアフリカ系奴隷たちが共闘し、植民地の支配層に対して武器を取りました。貧困層と奴隷が手を結ぶことへの恐怖は、後に人種差別的な統治政策が強められる一因ともなりました。
1739年:ストノ反乱
1739年9月、サウスカロライナ州ストノ近郊で、奴隷化されたアフリカ人たちによる「ストノ反乱」が勃発しました。彼らはストノ川沿いのプランテーションを次々と襲撃し、少なくとも21人の白人を殺害しました。英領北米植民地史上最大級の奴隷反乱として知られ、各地の奴隷法制を一段と厳格化させるきっかけとなりました。
1776年:独立宣言が掲げた理想
1776年、独立宣言は「すべての人間は平等に造られ、生命・自由・幸福の追求という譲渡できない権利を創造主から与えられている」と宣言しました。この言葉は奴隷制廃止運動(アボリショニズム)に計り知れない影響を与え、多くの廃止論者や奴隷自身を鼓舞する精神的支柱となりました。
1808年:国際奴隷貿易の禁止
1808年、国際的な奴隷貿易が法的に禁止されました。これにより、新たなアフリカ人を合衆国へ連れ込むことはできなくなりました。しかし皮肉なことに、南部で急速に拡大する綿花プランテーションの労働力需要を満たすため、国内における奴隷の売買はむしろ拡大していきました。
1861〜1865年:南北戦争と奴隷制の終焉
1861年、奴隷制をめぐる深刻な対立を背景に、南部諸州が連邦からの脱退を決断し、南北戦争が勃発しました。4年に及ぶ激しい内戦の末、1865年に合衆国憲法修正第13条が成立し、ついに奴隷制度そのものが廃止されたのです。
こうして歴史を振り返ると、奴隷制への抵抗は1619年以降、絶えることなく続いていたことがわかります。「200年の沈黙」など存在せず、抑圧と抵抗の絶え間ない闘いこそが、この国の奴隷制をめぐる物語の核心だと言えるでしょう。