北米の歴史

1895年のアメリカ進歩主義者とは?知っておきたい代表的な改革リーダー8人

はじめに

19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカでは急速な工業化・都市化や大企業の台頭によって生じた社会・経済・政治の諸問題を解決しようとする「進歩主義(プログレッシブ)運動」が大きく広がりました。ここでは、1895年当時にすでに活躍していた、代表的な進歩主義の指導者・活動家たちを紹介します。

ジェーン・アダムズ(Jane Addams)

ソーシャルワーカーであり社会活動家でもあったジェーン・アダムズは、セツルメントハウス運動の先駆者であり、女性参政権や社会改革の熱心な擁護者でした。シカゴに「ハルハウス(Hull House)」を共同設立したことで知られます。これはアメリカで最初期のセツルメントハウスの一つで、都市の移民コミュニティにさまざまなサービスと資源を提供しました。

ルイス・ブランダイス(Louis Brandeis)

著名な弁護士だったルイス・ブランダイスは、消費者・労働者・中小企業のために尽力したことから「人民の弁護士」と呼ばれました。独占に対する強烈な批判者であり、産業規制、労災補償、社会保険といった進歩的な政策を積極的に提唱しました。

ヘンリー・ジョージ(Henry George)

経済学者にして社会哲学者のヘンリー・ジョージは、土地への「単一税(single tax)」という経済理論で最もよく知られています。彼は、経済的不格差と貧困の主な原因は土地の私有にあると考え、地価への課税が富の再分配と社会問題の軽減につながると主張しました。

ロバート・ラフォレット(Robert La Follette)

ウィスコンシン州出身の弁護士・政治家であるロバート・ラフォレットは、1901年から1906年まで同州知事を務めました。労災補償法の制定、鉄道をはじめとする独占企業の規制、合衆国上院議員の直接選挙など、数々の進歩的改革の強力な推進者でした。

ウィリアム・ジェニングス・ブライアン(William Jennings Bryan)

政治家であり優れた雄弁家でもあったブライアンは、民主党の中心的人物で、進歩主義的な大義の揺るぎない支持者でした。3度にわたり大統領候補となり、1896年の有名な「黄金の十字架(Cross of Gold)」演説は今も語り継がれています。銀貨の鋳造、所得税の導入、企業権力の制限といった政策を掲げて戦いました。

アイダ・ターベル(Ida Tarbell)

ジャーナリストであり、いわゆる「マックレーカー(暴露記者)」として活躍したアイダ・ターベルは、ジョン・D・ロックフェラー率いる石油独占企業「スタンダード・オイル」に関する調査報道で名を残しています。同社の不当な商慣行と独占的手法を暴いた一連の記事は、大企業に対する世間の監視の目を一気に高め、最終的にはスタンダード・オイルへの反トラスト(独占禁止)措置へとつながりました。

セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)

セオドア・ルーズベルトの大統領就任は1901年ですが、1895年の時点ですでに進歩主義政治において影響力のある存在でした。公務員委員会の委員、その後ニューヨーク市警察委員会の委員長を務めるなど、改革への強い意志と、「政府の力こそが社会問題を解決しうる」という信念を行動で示しました。

フローレンス・ケリー(Florence Kelley)

社会改革者であり労働運動家のフローレンス・ケリーは、とりわけ女性や子どもをはじめとする労働者の権利擁護の先駆者でした。全米消費者同盟(National Consumers' League)の初代事務局長を務め、労働条件の改善や工場などにおける安全規制の推進のため、生涯をかけて尽力し続けました。

まとめ

以上のように紹介した人々は、急速な工業化・都市化、そして大企業の台頭がもたらした社会・経済・政治の問題に立ち向かった、19世紀末から20世紀初頭の進歩主義運動を支えた面々です。彼らの改革への情熱と実践は、その後のアメリカにおける社会改革や法制整備の重要な礎となりました。