北米の歴史

フランシス・ドレーク卿の北アメリカ植民地遠征は成功したのか?その真の活躍を解説

イギリスの探検家として名高いフランシス・ドレーク卿(Sir Francis Drake)ですが、実は北アメリカの植民地活動には直接関わっていませんでした。

ドレーク卿の本当の姿 ― 私掠船長としての活躍

ドレークが歴史に名を刻んだのは、植民地開拓者としてではなく、16世紀後半にスペインの領土や船舶を襲撃した私掠船(コルセア)の船長としてです。当時のイギリスとスペインは海上覇権をめぐって激しく対立しており、ドレークは女王エリザベス1世の認可のもと、スペインの宝船や港町を次々と攻撃し、莫大な富を本国にもたらしました。

世界周航という偉業

ドレーク最大の功績は、1577年から1580年にかけて行った世界周航です。彼はマゼランに次いで史上2人目となる地球一周を成し遂げました。なお、マゼラン自身は航海の途中でフィリピンにて命を落としたため、艦隊指揮官として自ら世界一周を完遂したのは、実質的にドレークが最初とも言われています。彼の旗艦「ゴールデン・ハインド号」は、この偉業を象徴する存在として今も語り継がれています。

アルマダ海戦での武勇

さらに1588年には、イギリスに侵攻しようとしたスペインの無敵艦隊(アルマダ)の撃退にも貢献しました。これによりドレークは国民的英雄となり、ナイト爵位を授けられています。

まとめ

つまり、「北アメリカ植民地への遠征」という問いに対する答えは、ドレーク卿はそもそも植民地遠征を行っていないということになります。彼の真の功績は、私掠船によるスペインへの攻撃と、歴史的な世界周航にこそあります。