「アメリカ植民地政府」は存在しなかった
実は、当時の北米には「アメリカ植民地政府」のような中央集権的な統一行政機関は存在しませんでした。イギリスの13植民地はそれぞれが独立した政治単位であり、各植民地には少なくとも1人の総督が置かれていました。総督は王室顧問会議(評議会)を通じて、行政・司法・立法の三権すべてに強い影響力を行使していました。
さらに、ほとんどの植民地では、土地所有者たちによって選出された代表者からなる下院(代議院)が設けられ、住民の声が政治に反映される仕組みが存在していました。
3つのタイプに分かれた植民地の統治形態
王領植民地
総督は国王によって直接任命されました。評議会は、国王が指名したメンバーと、下院が選出したメンバーの両方によって構成されていました。
領主植民地
領主が総督および評議会のメンバーを任命する形式でした。領主は国王から土地を与えられた貴族や寵臣であることが多く、植民地は彼らの支配下に置かれました。
自治植民地(特許植民地)
住民自身が総督を選挙で選び、王室特許状に基づいてイギリスからの干渉を受けることなく自治を行っていました。
このように、総督を頂点とする植民地もあれば、領主が支配する植民地もあり、その権限も植民地ごとにまちまちでした。自治権を保証する特許状を持つ植民地がある一方で、国王の友人や貴族の管理下に置かれた領主植民地も存在したのです。
コネチカット植民地――最古の憲法を持つ例外
特筆すべき例外がコネチカット植民地です。同植民地の政府は王室特許状によって組織されたものではなく、1639年に住民による男性有権者団体が自主的に政府を樹立しました。ここで制定されたのが「コネチカット基本法(Fundamental Orders of Connecticut)」であり、これはイギリス植民地において知られている限り最古の成文憲法とされています。
国教会の影響と宗教的対立
植民地政府はイングランド国教会(聖公会)の影響も強く受けていました。多くの植民地では国教会が公認の「確立教会」とされ、政府から資金、地位、権力が与えられていました。しかしこの方針は他宗派の信者たちの反発を招き、より大きな信仰の自由を求める非国教徒グループとの間で宗教的な緊張が高まる一因となりました。
それでも共通していた点――代表議会と本国への従属
こうした多様性がある一方で、13植民地には政府・行政面での共通点も数多くありました。
- 代表議会の存在:すべての植民地に何らかの形の代表議会が置かれていましたが、その権限の大きさは植民地ごとに大きく異なっていました。
- イギリス政府への従属:すべての植民地は、総督に象徴されるイギリス政府の権威の下に置かれていました。
- 発言権の欠如:イギリスが課す法律や規制に従う義務を負いながらも、自らの生活に直結する問題について意見を述べる場はほとんど与えられていませんでした。
若きアメリカ国家への影響
植民地時代に培われたこうした統治の経験と特徴――代表議会の伝統、自治への志向、そして本国に対する不満――は、やがて独立戦争へとつながり、建国期のアメリカ合衆国の政治制度や憲法の形成に深く刻まれることになったのです。