OAU(Organization of African Unity)は日本語で「アフリカ統一機構」と呼ばれる、アフリカ大陸の国家間組織です。OAUは特定の一人によって創設されたものではなく、1963年5月25日にエチオピアの首都アディスアベバで開催された首脳会議において、当時独立していた32のアフリカ諸国によって共同で創設されました。
OAU設立の経緯
1960年代に入り、アフリカ各地で植民地からの独立が相次ぐ中、大陸全体の団結と協力の必要性が高まっていました。エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の招きにより、ガーナのクワメ・エンクルマ大統領などアフリカ各国の指導者がアディスアベバに集結し、アフリカ統一機構憲章が調印されました。この日である5月25日は、現在「アフリカデー」として記念されています。
OAUの創設メンバー32カ国
OAUの設立時に加盟した32カ国は以下の通りです。
- アルジェリア
- ブルンジ
- カメルーン
- 中央アフリカ共和国
- チャド
- コンゴ共和国(ブラザビル)
- コンゴ・レオポルドヴィル(現・コンゴ民主共和国)
- ダホメ(現・ベナン)
- エチオピア
- ガボン
- ガーナ
- ギニア
- コートジボワール(象牙海岸)
- ケニア
- リベリア
- リビア
- マダガスカル
- マリ
- モーリタニア
- モロッコ
- ニジェール
- ナイジェリア
- ルワンダ
- セネガル
- シエラレオネ
- ソマリア
- スーダン
- タンガニーカ(現・タンザニアの一部)
- トーゴ
- チュニジア
- ウガンダ
- アラブ連合共和国(現・エジプト)
- オートボルタ(現・ブルキナファソ)
- ザンジバル(現・タンザニアの一部)
なお、当時の国名と現在の国名が異なる点に注意が必要です。例えば「ダホメ」は現在のベナン、「オートボルタ」はブルキナファソに名称変更されています。また、タンガニーカとザンジバルは1964年に合併し、現在のタンザニアとなりました。
OAUの主な目的
OAUの設立目的として、以下の4つが掲げられました。
- アフリカ諸国間の統一と連帯の促進
- 各国の主権と領土保全の擁護
- 植民地主義およびアパルトヘイト(人種隔離政策)の根絶
- 大陸における経済・社会開発の推進
特に植民地主義の排除は重要な目標であり、OAUはアフリカ非植民地化の推進や、南アフリカのアパルトヘイト政策への国際的な抵抗運動において中心的な役割を果たしました。
アフリカ連合(AU)への移行
OAUは39年間にわたりアフリカの団結を支えてきましたが、より実効性のある経済統合や政治協力を目指すため、組織の再編が進められました。その結果、2002年7月に南アフリカのダーバンで開催された首脳会議をもってOAUは解散し、後継組織となるアフリカ連合(African Union: AU)が発足しました。AUはOAUの理念を受け継ぎつつ、紛争予防や平和構築、大陸規模の経済発展など、より幅広い活動を行っています。