南アメリカの歴史

ペルー教育界の重鎮リカルド・モラレス・バサドレ神父(1929-2014)逝去――教育フォーラムが訃報を深く悼む

ペルー教育の質的向上に生涯を捧げた一人

彼を知る人々は、ペルーの教育向上に最も真摯に取り組んだ人物の一人だったと、口をそろえて語ります。イエズス会の精神に忠実であった彼は、わが国教育の最大の誤りは教育がビジネスと化してしまったことであり、商業主義の仕組みの中で、学校は感性豊かで知的な人間を育てるという本質からますます遠ざかっている、と繰り返し指摘してきました。1960年代から70年代にかけて、ベラスコ・アルバラード政権下の教育改革委員会に参加した彼は、政治の非効率な迷走や、公共の利益に優先される個人的利益の風潮によって埋もれてしまった理想(ユートピア)を、幾世代もの教育者たちの心に映し出す存在となりました。

イエズス会士であり常勤教師でもあったリカルド・モラレス・バサドレ(Ricardo Morales Basadre)神父は、2014年1月23日、85歳でこの世を去りました。ご遺体はミラフローレス区のファティマの聖母教会(Virgen de Fátima)に安置されています。

教育改革の中心的存在として

モラレス・バサドレ神父(S.J.)は、ペルー教育改革報告書を作成した国民委員会に、他の教育専門家たちとともに参加した教育者の一人でした。その後、70年代に同改革を推進・監督する役割を担う高等教育審議会(Consejo Superior de Educación)の会長に任命されています。1992年7月に教育フォーラム(Foro Educativo)が設立されて以降は、同団体での活動を通じて、教育の質的向上と民主的文化の強化への多大な貢献を果たしました。市民社会における重要な教育機関である同フォーラムの会長を9年連続で務め、国内外で揺るぎない評価を確立しました。

司祭にして教育者であるモラレス神父は、教育に関する豊富な経験と深い見識、社会的な感受性、子どもや青少年への寄り添い、謙虚さと思いやり、多様性の尊重、合意形成への意欲、そしてチームワークを重んじる姿勢によって、ラ・インマクラダ学校(La Inmaculada)の教師や生徒たち、広範な教員層、多くの教育関係者、さらに教育・社会・宗教の各機関で共に働く同僚たちから、深い愛情と敬意を勝ち得てきました。

初の国民協議を主導し、新たな政策スタイルを切り開く

2001年には「教育に関する国民合意委員会」の執行委員長を務め、ペルーで初めて開催された教育に関する国民協議を主導し、リマと地方で約50万人を動員しました。この参加型・多元的・分権的・民主的なプロセスの成果は、『教育国民合意の提言』と『国の声(Voices of the Country)』の2冊の書籍にまとめられ、市民に向き合い、関係者との対話を重視する、それまでにない教育政策のあり方がここに始まりました。

また、同神父は教育セクターの自律的かつ専門的な機関である国家教育評議会(Consejo Nacional de Educación)の会長も務めています。

豊かな学歴と歴任した要職

モラレス神父は、マドリード・コンプルテンセ大学で哲学の学位、メキシコのクリスト・レイ最高神学院(Colegio Máximo Cristo Rey)で神学の学位を取得し、さらに米国スタンフォード大学で教育学修士号を取得しています。2006年までラ・インマクラダ学校の校長を務め、イエズス会ペルー管区の管区長、カトリック学校コンソーシアムの会長も歴任しました。

国内外での講演と数々の栄誉

さらに、UNESCO、米州機構(OAS)、世界銀行などが主催する国内外の学術イベントで講演者として登壇した経験も持ちます。教育と人権、ラテンアメリカ地域の教育改革、青少年の育成、教育の質と公平性、チュータリング(教育相談・指導)など、多くの研究や著作を残しています。

司祭および教育者としての職業人生において、数多くの名誉ある表彰を受けてきました。中でも最も重要なものは、2001年7月5日にペルー国家から授与された「アマウタ級マヒステリアル勲章(Palmas Magisteriales)」です。(教育フォーラム会員のイデル・ベクスラーによる、2003年『ラ・レプブリカ紙』掲載記事より引用)