ブラジル国民衛兵隊は、1831年8月、摂政期に創設された武装組織です。その目的は、陸軍の権力に対抗しうる武力を確保するとともに、各州(当時の県)の自治権を強化することにありました。
誕生の背景
ドン・ペドロ1世の退位後、保守派、自由派、絶対主義派など様々な政治勢力が、三摂政政府の中で自らの主導権を握ろうと激しく争いました。
一方、陸軍内部にも新政府への不満が渦巻いていました。ポルトガルによるブラジル再征服を恐れた将校たちは、次のような要求を掲げました。
- ブラジルへのポルトガル人移民の停止
- 公職からのポルトガル人の排除
- 新憲法の制定
- 新政権の樹立
やがて言葉は行動へと移ります。リオデジャネイロ第26歩兵大隊と同市の警察部隊が反乱を起こしたのです。これに対し、司法大臣ディオゴ・アントニオ・フェイジョーはミナスジェライス州とサンパウロ州の部隊に支援を要請しました。さらに同盟者たちに武器を配布し、約3,000名の兵士からなる「聖なる大隊」を編成します。指揮を執ったのは、当時大尉だったルイス・アルヴェス・デ・リマ・エ・シルヴァ(後のカシアス公爵)でした。
国民衛兵隊の創設
この一連の騒乱を通じて、政府が独自の政治的意向を持つ陸軍を全面的には信用できないことが明白になりました。そこで選ばれたのが、エリート層によって構成される武装勢力――国民衛兵隊の創設でした。隊員となる資格を持っていたのは選挙権を持つ市民のみで、入隊すれば陸軍での兵役義務が免除されるという特典がありました。
ただし、隊員に給与は支払われず、軍服も自己負担でした。政府が担当したのは武器の支給と訓練のみです。国民衛兵隊の指揮系統は、治安判事を頂点とし、法律家、州知事(県長)、そして司法大臣へと至るものでした。
一般市民が到達できる最高階級は大佐で、この称号は各地域の大地主たちのために事実上予約されたものでした。こうして国民衛兵隊は、後のブラジル政治に深い影を落とすことになる「コロネリズモ(大佐支配)」という現象を生み出すことになります。
陸軍にとって国民衛兵隊の創設は壊滅的な打撃でした。リオデジャネイロでは兵力が3分の1に削減され、軍の存在感は著しく低下したからです。
リオデジャネイロやペルナンブコでは軍の反乱が発生しましたが、将校たちは一般市民の支持を得られないばかりか、蜂起が奴隷たちの反乱を引き起こすことを恐れていました。そのため彼らは兵舎内で孤立し、その要求は庶民の共感を得ることはありませんでした。
国民衛兵隊の終焉
共和制宣言(その主役となったのはブラジル陸軍でした)以降、国民衛兵隊の重要性は急速に失われていきました。そもそも陸軍は、この武装組織の創設当初から敵対視していたのです。
国民衛兵>国民衛兵隊は陸軍の各部隊に吸収され、最終的に1922年、アルトゥール・ベルナルデス大統領の時代に共和制下で正式に廃止されました。