アメリカ独立以前の13植民地の中で、最も多様な民族的・宗教的背景を持つ移民が集まっていたのは中部植民地(Middle Colonies)でした。この地域には、ペンシルベニア、ニューヨーク、ニュージャージーなどが含まれます。
多様な民族・宗教グループの共存
中部植民地には、イギリス人やオランダ人をはじめ、ドイツ人、アイルランド人、スコットランド系アイルランド人(スコッツ・アイリッシュ)、さらにはユダヤ人など、幅広い出自の人々が移り住んでいました。それぞれの集団が独自の言語、習慣、信仰を持ちながらも、同じ地域で暮らすという、当時としては珍しい多文化共生の環境が形成されていたのです。
宗教的寛容が移民を引きつけた
中部植民地が世界中から移民を引きつけた大きな要因の一つは、宗教的寛容への姿勢です。特にペンシルベニアでは、創設者ウィリアム・ペンの理念のもと、クエーカー教徒だけでなく、さまざまな宗派の人々が自由に信仰を実践できる環境が整えられました。こうした寛容な風土は、宗教的迫害を逃れて新大陸へ渡る移民たちにとって、非常に魅力的なものだったのです。
このように中部植民地は、多様性を受け入れる土壌が早くから育まれており、後のアメリカ社会における「るつぼ(メルティングポット)」の原型となった地域と言えます。