南アメリカの歴史

米国憲法修正第13条・第14条・第15条が保障する権利とは?

米国憲法修正第13条・第14条・第15条が保障する権利

アメリカ合衆国憲法の修正第13条、第14条、第15条は、奴隷制の廃止、すべての市民に対する法の下での平等な保護の保証、そして投票における人種に基づく差別の禁止を定めた、歴史的に極めて重要な改正です。この3つの修正条項は、南北戦争後に成立したことから「再建修正条項(Reconstruction Amendments)」とも呼ばれています。

修正第13条(1865年):奴隷制の廃止

修正第13条は、合衆国における奴隷制を廃止しました。条文には次のように記されています。

「合衆国またはその管轄権が及ぶいかなる場所においても、正当に有罪判決を受けた犯罪に対する刑罰としての場合を除き、奴隷制も強制労働も存在してはならない」

修正第14条(1868年):法の下の平等保護

修正第14条は、すべての市民に対して法の下での平等な保護を保証しました。

「いずれの州も、合衆国市民の特権または免責特権を奪う法律を制定し、あるいは執行してはならない。また、いずれの州も、適正な法手続きによらずに、いかなる人の生命、自由、財産をも奪ってはならない。さらに、その管轄権内にあるいかなる人に対しても、法の平等な保護を拒んではならない」

修正第15条(1870年):投票権における人種差別の禁止

修正第15条は、投票における人種に基づく差別を禁止しました。

「合衆国市民の投票権は、人種、肌の色、または以前の隷属状態を理由として、合衆国またはいずれの州によっても否定され、あるいは制限されてはならない」

歴史的背景と意義

これら3つの修正条項は、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の公民権確立において決定的な役割を果たしました。まず、1857年のドレッド・スコット対サンフォード事件(Dred Scott v. Sandford)における最高裁判所の判断――アフリカ系アメリカ人は市民ではなく、連邦裁判所で訴訟を起こす資格がないとされた判断――を覆すことになりました。

さらに、南北戦争後に南部諸州が制定した「ブラックコード(黒人法)」――アフリカ系アメリカ人の権利を制限する一連の法律――にも対抗するものでした。

限界とその後の影響

修正第13条、第14条、第15条は公民権運動における大きな勝利でしたが、アフリカ系アメリカ人に対する差別を完全に終わらせることはできませんでした。これらの修正条項の批准後も、人種隔離(ジム・クロウ法)やその他の形態の差別が数十年にわたって続きました。

しかしながら、これらの修正条項は後の公民権運動の基盤となり、最終的には隔離と差別の撤廃につながる重要な礎を築いたのです。