南北戦争(1861年~1865年)の終結により奴隷制は廃止されましたが、解放された黒人(解放奴隷)の扱いをめぐって、各州は大きく異なる対応をとりました。一部の州では、州憲法や関連法規の中に、解放黒人を市民権や投票権の対象から除外する規定が盛り込まれました。
解放黒人を除外した州の一覧
以下は、解放黒人を州憲法上の対象から除外したとされる州と、その年のリストです。
- ミズーリ州(1865年)
- メリーランド州(1867年)
- ミシシッピ州(1868年)
- サウスカロライナ州(1868年)
- ジョージア州(1868年)
- ルイジアナ州(1868年)
- バージニア州(1870年)
- テキサス州(1870年)
- テネシー州(1870年)
- アーカンソー州(1874年)
- ノースカロライナ州(1876年)
- デラウェア州(1897年)
歴史的背景
南北戦争後の再建期(レコンストラクション)には、南部諸州を中心に「ブラックコード(黒人法典)」と呼ばれる法律が相次いで制定され、解放黒人の移動の自由や労働の選択の自由が厳しく制限されました。さらに、投票権や公職への就任資格から黒人男性を排除する州憲法の条項も見られました。
連邦政府は1867年の再建法や、その後の憲法修正第14条・第15条の批准を通じて、解放黒人の市民権と投票権を法的に保障しようとしました。しかし、州レベルでの差別的な規定や慣行はその後も長く残り、特にデラウェア州のように19世紀末まで除外規定が続いた例もあります。
こうした歴史的経緯は、20世紀の公民権運動、そして1964年の公民権法や1965年の投票権法の制定へとつながる、アメリカ合衆国の人権史における重要な背景となっています。