1820年のミズーリ妥協(Missouri Compromise)は、ルイジアナ買収によって新たに獲得した領土における奴隷制問題を一時的に解決するため、アメリカ合衆国議会で可決された一連の法律です。この妥協案は、主に以下の2つの部分から構成されています。
第1部:1820年のミズーリ妥協
- 自由州と奴隷州の均衡維持:ミズーリが奴隷州として連邦に加盟する一方で、メインが自由州として加盟しました。これにより、上院における南北の勢力バランスが保たれることになりました。
- 北緯36度30分線の設定:ミズーリ州の南側境界線にあたる北緯36度30分の緯線が、ルイジアナ買収地域における奴隷制の許可・禁止を分ける境界線として定められました。この線より北で新たに成立する州は自由州となり、南側で成立する州は奴隷州となることが可能でした。
第2部:1821年のミズーリ妥協
- 妥協の第2部では、残りのルイジアナ準州における奴隷制の問題が改めて取り上げられました。
- 北緯36度30分線より北の残存領域において奴隷制が禁止されました。ただし、現在のオクラホマ州およびニューメキシコ州にあたる地域はこの規定の対象外とされました。
ミズーリ妥協の歴史的意義
ミズーリ妥協は、奴隷州と自由州の間の均衡を維持し、奴隷制問題をめぐる国家の分裂を一時的に防ぐ役割を果たしました。しかしながら、この妥協は南北対立の根本的な原因には踏み込んだ解決策ではなく、奴隷制をめぐる論争はその後も燻り続け、最終的には南北戦争(1861年〜1865年)へと発展していくことになります。