南アメリカの歴史

南部諸州が連邦から脱退するきっかけとなった出来事とは?

きっかけは「エイブラハム・リンカーンの大統領当選」

南北戦争前夜のアメリカにおいて、南部の指導者たちが連邦(合衆国)から脱退する最大のきっかけとなったのは、1860年の大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことです。

なぜリンカーンの当選が脅威とみなされたのか

リンカーンは、奴隷制の新たな領土への拡大に反対する共和党の候補者でした。奴隷制に大きく依存していた南部諸州にとって、その拡大に反対する大統領の誕生は、自らの経済基盤や生活様式に対する重大な脅威と受け取られました。実際、リンカーンは南部ではほとんど票を獲得できませんでしたが、北部の圧倒的な支持を背景に当選を果たしています。

サウスカロライナ州が最初に脱退を宣言

リンカーンの勝利が確定すると、南部諸州はただちに連邦からの脱退(セセッション)の手続きを開始しました。その先頭に立ったのがサウスカロライナ州で、同州は1860年12月20日に最初の脱退を宣言しました。これに続いて、ミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、テキサスの各州も相次いで連邦を離脱していきます。

アメリカ連合国(CSA)の結成へ

脱退した南部諸州は1861年2月、アメリカ連合国(Confederate States of America、CSA)を結成し、ジェファーソン・デイヴィスを初代大統領に選出しました。こうして南北の対立は修復不可能な段階に達し、同年4月のサムター要塞攻撃を機に南北戦争が勃発することとなるのです。