1960年代から1970年代にかけて活発に活動したアメリカ・インディアン運動(AIM)は、先住民族の権利向上を掲げ、数々の抗議行動や土地の占拠を展開しました。しかし、その活動には多方面からの強い反発が寄せられました。ここでは、AIMに対立した主なグループと個人を6つのカテゴリーに分けて紹介します。
1. 政府機関
FBI(連邦捜査局)
FBIは、AIMを過激で武装色の強い組織とみなし、その活動を継続的に厳しく監視していました。実際、FBIとAIMの関係は極めて緊張したものであり、パインリッジ・インディアン居留地での銃撃戦など悲劇的な事件にも発展しました。
インディアン事務局(BIA)
先住民族関連の行政を担う連邦政府機関であるBIAも、AIMの要求や目標としばしば衝突しました。1972年の「壊れた条約の行進」では、ワシントンD.C.のBIA本部ビルが抗議者たちによって一時的に占拠される事態となり、両者の対立は頂点に達しました。
2. 地方の法執行機関
多くの場合、州や地方の警察組織は、AIMの抗議活動・デモ・占拠行動に反対の立場を取りました。象徴的な例が1973年のウーンディッド・ニー(負傷した膝)占拠事件です。この71日間に及ぶ占拠では、AIM活動家と連邦・地方の法執行当局との間で銃撃戦を含む深刻な衝突が発生し、死傷者が出ました。
3. 対立する先住民族グループ
すべての先住民族の部族や団体がAIMの戦術や目標を支持していたわけではありません。一部の先住民族グループは、AIMの対決的なアプローチが先住民族の権利という大義全体を損なうおそれがあるとして反対しました。また、既存の部族評議会など部族政府とAIMが対立するケースも少なくありませんでした。
4. 主流社会
主流社会の一部では、AIMの活動を社会的混乱を引き起こすもの、あるいは過激なものと捉え、反対する声がありました。武装的な言説や対決的な戦術を理由に、個人や団体から批判を受けることも頻繁にありました。
5. 鉱業・林業・牧畜業界
AIMが先住民族の土地権利や環境保護を訴えたことで、先住民の土地に利害関係を持つ鉱業、林業、牧畜といった産業界との摩擦が生じました。経済的利益が絡むこれらの業界にとって、AIMの主張は事業展開上の脅威と映ったのです。
6. 保守的な政治グループ
保守派の政治団体の一部は、AIMの進歩的な理念や社会正義への訴えが、伝統的な規範や価値観への挑戦であると主張し、反対の立場を取りました。
まとめ:反対意見も多様で流動的だった
重要なのは、これらのグループや組織に属するすべての人々がAIMに反対していたわけではないという点です。各組織の内部にも、AIMの目的に共感し支援する人々は確かに存在しました。さらに、AIMへの支持と反対は固定的なものではなく、世論は時代とともに変化していきました。それでも、AIMの闘争は後の先住民族運動や法的改革に大きな影響を残し、アメリカ史における先住民族の権利意識を高める転換点となりました。