19世紀後半、アメリカ合衆国は太平洋とカリブ海へと勢力圏を広げ、次々と新しい領土を獲得していきました。とりわけ1898年の米西戦争(スペイン=アメリカ戦争)は、アメリカが世界の列強として台頭する大きな転換点となりました。この記事では、米西戦争の前後にアメリカが手に入れた主要な領土について、それぞれの歴史的背景とともに解説します。
アラスカ(1867年)
アメリカが最初に獲得した大規模な海外領土がアラスカです。1867年、当時の国務長官ウィリアム・スワードがロシア帝国との交渉をまとめ、わずか720万ドルで購入することに成功しました。
当時は氷雪に覆われた不毛の地とみなされ、「セワードの愚行」「セワードの氷箱」と揶揄されるほど批判されました。しかし、その後ゴールドラッシュや石油資源の発見によって評価は一変し、現在では戦略的にも資源的にも極めて重要な地域となっています。
ハワイ(1898年)
ハワイは元々独立したハワイ王国でしたが、サトウキビ農園を経営するアメリカ系住民らの勢力が拡大し、1893年に革命が起こって君主制が崩壊しました。その後、共和政権を経て1898年、アメリカはハワイを正式に併合しました。
太平洋の要衝である真珠湾を擁するハワイは、軍事上・経済上の重要拠点となり、1959年には50番目の州としてアメリカに編入されています。
グアム(1898年)
グアムはマリアナ諸島に位置する島で、1898年の米西戦争中にアメリカ海軍によってスペインから占領されました。戦後締結されたパリ条約により、正式にアメリカへ割譲されました。
以来、グアムは太平洋におけるアメリカの重要な軍事基地として機能し、現在も米国の自治領(準州)として位置づけられています。
プエルトリコ(1898年)
カリブ海に浮かぶプエルトリコも、米西戦争中の1898年にアメリカ軍によって占領された島です。同年のパリ条約でスペインからアメリカへの割譲が確定しました。
現在プエルトリコは米国の自治領であり、住民はアメリカ市民権を持っていますが、連邦州ではなく、大統領選挙の投票権を持たないなど特別な地位に置かれています。
フィリピン(1898年)
米西戦争のもうひとつの重大な成果がフィリピンの獲得です。マニラ湾海戦での勝利により、アメリカはスペインからフィリピンを奪い、パリ条約で2000万ドルを支払って正式に領有しました。
以降、フィリピンはアメリカの植民地として統治され、第二次世界大戦を経て1946年に独立を果たしました。それまでの統治期間は、フィリピンの教育制度や法体系に今なお深い影響を残しています。
まとめ
米西戦争の前後にアメリカが獲得した領土は、以下のように整理できます。
- アラスカ: 1867年、ロシアから720万ドルで購入
- ハワイ: 君主制崩壊後の1898年に併合
- グアム: 1898年の米西戦争でスペインから獲得
- プエルトリコ: 1898年の米西戦争でスペインから獲得
- フィリピン: 1898年の米西戦争でスペインから獲得(1946年独立)
これらの領土獲得は、アメリカが大西洋側の国家から太平洋・カリブ海にまたがる海洋帝国へと転換するきっかけとなり、20世紀の国際政治におけるアメリカの地位を決定づけました。