人々が植民地に渡った主な理由
17世紀の北米大陸には、ヨーロッパからさまざまな動機を持つ人々が移住していきました。その主な理由として、以下の3つが挙げられます。
1. 宗教の自由
母国での宗教的迫害から逃れるため、新天地を求めた人々が多くいました。特に有名なのがピューリタン(清教徒)で、彼らは1630年にマサチューセッツ湾植民地を設立しました。
2. 経済的な機会
植民地には、ヨーロッパでは得られない多くの経済的チャンスがありました。たとえば、農業に適した豊かな土地が広く利用可能であり、毛皮交易も非常に利益の大きい産業でした。
3. 政治的自由
当時の多くのヨーロッパ諸国と比べて、植民地ではより大きな政治的自由が享受できました。1620年にピルグリムたちが調印した「メイフラワー誓約」は、自治の仕組みを確立した先駆的な文書として知られています。
初期の主要な植民地
北米における最初のイギリスによる恒久的な入植地は、1607年に設立されたバージニア州ジェームズタウンです。17世紀にはこのほかにも、プリマス植民地(1620年)、マサチューセッツ湾植民地(1630年)、コネチカット植民地(1636年)といった重要な植民地が次々と誕生し、アメリカ合衆国の基礎が築かれていきました。