探検とは、単なる発見の営みでも、孤独との親密さでもなく、ましてやそれ自体が理想というわけではない。それは何よりもまず対決である。しばしば敵意を向けてくる大自然との対決、そして「最初に到達した」という栄誉を奪い合う強豪たちとの対決だ。どのような栄誉か?例えば、大西洋と太平洋を結ぶ北西航路を最初に踏破したこと。あるいは湾や海、氷河に自らの名を刻むこと。そしてそう――南極点への最初の到達も。今回は、ノルウェーの探検家ロアルド・アムンセン(1872〜1928)の生涯を辿りたい。
「無限へ進みたいと望むなら、あらゆる方向から有限を探検せよ。」
――ゲーテ
医学から極地探検への転身
母の願いにより、ロアルド・アムンセンは医者になるはずだった。ところが、フリチョフ・ナンセンがスキーによるグリーンランド横断を成し遂げて凱旋したニュースが、少年の心を大きく揺さぶる。彼が進むべき道は、まったく別の場所――極地探検――にあったのだ。
母の死と中断された学業の後、彼はアザラシ漁船に水夫として乗り込み、海と氷の世界を学んだ。25歳のとき、夢はついに現実の形を帯びる。アドリアン・ド・ジェラーシュ率いる南極探検隊に、船ベルジカ号の副長として参加したのである。
この航海で彼は、船医フレデリック・クックと親交を結ぶ。クックは越冬(冬の間、船が氷に閉ざされて身動きできなくなる期間)の成功に決定的な役割を果たした人物だ。ペンギンの肉を乗員に食べさせることで、壊血病から彼らを救ったのである。
北西航路の初踏破
初めての個人探検で、アムンセンが選んだのは北西航路への挑戦だった。カナダ北部の群島を抜けて大西洋と太平洋を結ぶこの航路は、クリストファー・コロンブス、ジョン・カボット、ジャック・カルティエといった先人たちが夢見ながら、誰ひとり征服できなかった難路である。
アムンセンはナンセンと会い、計画への支持を得るとともに、科学的な目的――磁北極の測定――を掲げた。こうして1903年6月16日、負債を抱えたまま、6人の乗員とともに小さな漁船ヨア号で出航する。
3度の越冬の間、彼は磁気観測を続け、ネツィリク・イヌイットと交流を深めて極地生活の知恵を吸収した。そして1906年8月30日、アラスカのノーム港に入港――人類史上初めて、北西航路の踏破に成功したのである。
南極点をめぐる死闘
次なる計画は、ナンセンのかつての船フラム号に乗って北極点へ漂流するというものだった。しかし1909年4月、アメリカの探検家ロバート・E・ピアリーが北極点に到達したという報が届く。それでもアムンセンは準備を続けた――目的地を静かに南極点へと変更していたのである。
1910年6月にノルウェーを出発したとき、南極点を目指していることを知っていたのは、弟ただ一人だった。フラム号はマデイラ諸島から一路南下し、ロス海沿いに南極のホエールズ湾へと向かう。そこに設営した基地は、同じく南極点を目指すライバル、イギリスのロバート・ファルコン・スコットの基地よりも100kmも南極点に近かった。
経験豊富な極地旅行者であったアムンセンは、綿密な準備を怠らなかった。往路の途中に食料を備蓄しておくための予備遠征を行い、物資の輸送にはそり犬を採用した。一方のスコットはシベリア産のポニーに頼っていた。
1年に及ぶ準備の末、1911年10月19日、アムンセンは4人の隊員と52頭のそり犬を率いて出発する。ここに、イギリス人スコットとの「旗を立てる競争」が始まった。そして1911年12月14日、アムンセン一行は南極点に到達。人類で初めてその地点に立ったのである。
一方のスコット隊は1912年1月17日に南極点へたどり着いたものの、過酷な帰路で隊員全員が命を落とした。アムンセンたちは南極点で科学観測データを記録した後、12月17日に帰路につき、1912年1月25日、ホエールズ湾の基地へ無事生還した。
空からの挑戦――北極上空飛行
第一次世界大戦後、アムンセンはアメリカの後援者リンカーン・エルズワースの協力を得て、北極点上空の飛行を計画する。水上機による試みは2度失敗したが、最終的にはウンベルト・ノビレが設計・操縦する飛行船ノルゲ号での飛行を選択した。
ノルウェーを出発した一行は、3日間の飛行でアラスカへと到達。リチャード・バードがフォッカー単葉機で一足先に北極点に達したとされるが、アムンセンは初の無着陸による大陸間接続を成し遂げ、極地航空路を切り拓いた。
その後、極北で消息を絶ったノビレの探検隊の捜索に向かったアムンセンは、56歳で行方不明となる。遺体はついに発見されなかった。探検家らしい、あまりにも探検家らしい最期だった。
ベルジカ号:

フラム号:

その生涯を辿る年表
1889年:フリチョフ・ナンセンがスキーでグリーンランドを横断
1906年:北西航路を史上初めて踏破
1911年:南極点に到達
1918年:パイロット免許を取得
出典・参考文献
ラルース百科事典(オンライン版)
『彼らは極点を制した――ロアルド・アムンセン、ロバート・ファルコン・スコット』(2008)
シュテファン・ツヴァイク『人類の星の時間』(2004)
『北西航路』(1999)