ヨーロッパの歴史

コルテスの誕生――中世スペイン議会の起源

コルテスの誕生

1188年、レオン王アルフォンソ9世は特別な「王の宮廷(Curia Regia)」を召集しました。この会議には、王国の諸都市や町から選ばれた代表者が初めて出席しました。これは、いわゆる第三身分の参加を意味します。この出来事こそが、まさにコルテス(議会)誕生の瞬間でした。

その1年前の1187年には、カスティーリャ王国の宮廷会議にすでに各都市の代表者が参加していたと考えられています。しかし、いずれの時点を重んじるかはさておき、レオンでのこの会合は、コルテスの起源を語るうえで今なお最も重要な基準点であり続けています。

なぜ都市代表が宮廷に招かれたのか

では、都市や町の代表者は何ゆえに宮廷会議へと招かれたのでしょうか。歴史家サンチェス=アルボルノスは、貨幣鋳造をめぐる国王の恣意的な濫用に不満を抱いていた市民階級が、国王側との間で合意に達したのだと説明しています。すなわち、都市が経済的支援を提供する見返りとして、君主たちは一定の規則に従って貨幣を鋳造し、かつ7年に一度しかこれを行わないことを約束したというのです。

1202年にベナベンテで開かれたコルテスでは、この事情についてきわめて明快な記述が残されています。「王はドゥエロ地方の人々に向けて7年間にわたり自らの通貨を売り渡し、その通貨の購入の対価として、人々からそれぞれ2マラベディを受け取った。同じ年の同じ時期には、エストレマドゥーラの全住民もまた、同じ通貨を購入した」と。

いずれにせよ、君主制の統治機構の中に都市や町の代表者が受け入れられたという事実は、この社会層が着実に力をつけつつあったことを、如実に物語るものでした。