ヨーロッパの歴史

実在しなかったスパイたち――有名だったポーランドの諜報拠点「ヘトマン」は幻だった!

歴史学者たちは長年にわたり、ソ連領ウクライナに置かれたポーランドの諜報拠点と、その数々の「成功」について書いてきた。ところが調べてみると、この拠点は……まったく存在していなかった。さらに、それに関連する地下組織は、敵対する諜報機関による挑発(プロヴォカツィア)だった可能性が高いという。

1927年。ウクライナ人ミコラ・チェボターリウがソ連の都市ハリコフに渡り、そこに諜報拠点「ヘトマン」を設立してスパイ網の構築を開始する。プロパガンダ活動を展開し、反ソ連の陰謀をも組織した――。ワクワクするような話だが、残念ながら事実ではない。

この拠点の存在は、ウクライナ語文献を含む学術書において長年、確固たる定説として扱われてきた。アンジェイ・ペプウォニスキは著書『ポーランド諜報部とソ連』で言及しており、数年前にはティモシー・スナイダーが「ヘトマン」の活動を伝える完全な形で残る文書群を発見し、著書『秘密戦争――ヘンリク・ユゼフスキとウクライナをめぐるポーランド=ソ連の駆け引き』で一章を丸ごと割いて論じている。今となっては、この章は切り取られるか、削除される運命にあるのだろう……。

実在しなかったスパイたち――有名だったポーランドの諜報拠点「ヘトマン」は幻だった!

ユゼフ・ピウスツキ、シモン・ペトリューラとポーランド・ウクライナ両国の将校たち。スタニスラヴフ、1920年(写真:パブリックドメイン)

幻の「ヘトマン」

ミコラ・チェボターリウは、ポーランド・ボリシェヴィキ戦争の終結後もポーランドに残留したシモン・ペトリューラの支持者の一人だった。1927年、彼はワルシャワでポーランドの資金援助を受けるペトリューラ派諜報機関の責任者となると同時に、ポーランド第二共和国の軍事諜報部のためにも活動していた。「ヘトマン」をポーランドの工作員として設立する役目を負っていたはずだった。しかし、そんなことは起こらなかったのである。

ヤギェウォ大学のヤン・ヤツェク・ブルスキ氏が最近、ハリコフの拠点に関する従来の見解に異議を唱えた。調査の結果、チェボターリウがソ連領ウクライナへ渡航した痕跡は一切存在せず、彼の書簡からは、当時ずっとポーランド国内にとどまり、西欧へ出かけただけであることが分かったという。そもそも、ワルシャワでウクライナ人諜報機関を組織しながら、同時にハリコフに身を置くことなど可能だっただろうか?

実在しなかったスパイたち――有名だったポーランドの諜報拠点「ヘトマン」は幻だった!

本記事は、学術誌『Dzieje Najnowsze(現代史)』掲載の研究論文に基づいている。

スナイダーが発見した資料を再検証したところ、「ヘトマン」は実のところ、ワルシャワのペトリューラ派諜報機関を指すコードネームだったことが判明した。あの「ハリコフの拠点」から提出されたとされる報告書は、アーカイブにチェボターリウ率いるウクライナ人機関の活動成果として記録されている報告書と一致しているのである。

成果なき諜報活動

チェボターリウ自身はハリコフで直接活動してはいなかったが、それでもソ連領ウクライナでの積極的な諜報活動を試みてはいた。しかしながら、配下の者たちが収集した情報は、ポーランド当局から低く評価されていた。その多くは周知の事実か信頼性に欠ける内容ばかりで、むしろソ連側に仕組まれた情報とすら思わせるほどだった。

実在しなかったスパイたち――有名だったポーランドの諜報拠点「ヘトマン」は幻だった!

アンドリー・リヴィツキー一家。1926年のシモン・ペトリューラ暗殺後、ポーランド亡命ウクライナ人の指導者となり、チェボターリウの上司に当たる(写真:パブリックドメイン)

ヤン・ブルスキ氏によれば、ポーランド側が明らかに重視していたのは、ウクライナ人同盟者の活動における別の側面――ズブーチ川の向こう側での政治的な破壊工作だったという。そして残念ながら、多くの兆候が示唆するのは、「独立ウクライナ闘争同盟」の名のもとにそこで結成された地下組織が、実はソ連防諜機関によるもう一つの挑発だったということなのである……。

出典

Jan Jacek Bruski, Mykoła Czebotariów i placówka "Hetman". Z dziejów ukraińskich służb specjalnych na emigracji, "Dzieje Najnowsze", rok 45 (2013), nr 2, s. 53–65.
(ヤン・ヤツェク・ブルスキ「ミコラ・チェボターリウと『ヘトマン』拠点――流亡ウクライナ特務機関の歴史より」、『Dzieje Najnowsze(現代史)』第45巻(2013年)第2号、53~65頁)

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