古代ギリシャの偉人たちが「トルコ出身」に?
マサチューセッツ工科大学(MIT)の新しいプログラムでは、小アジア(アナトリア半島)で生まれた古代ギリシャの偉人たちが、当時トルコという国家は存在しなかったにもかかわらず、一括して「トルコ生まれ」として登録されている。
パンテオン・プロジェクトとは何か
MITの「Project Pantheon(パンテオン計画)」は、歴史上の主要人物に関する伝記的情報を収集し、大規模な歴史データベースを構築することを目指すプロジェクトだ。
しかし、このパンテオン・データベースを見ると、世界文学の記念碑的作品『イリアス』『オデュッセイア』の作者とされるホメロス、「歴史学の父」と呼ばれるヘロドトス、さらに哲学者にして博識家のタレスやヘラクレイトス、そしてディオゲネスまでもが、「トルコ生まれ」と登録されているのである。
皮肉なことに、アタテュルクは「ギリシャ生まれ」
一方で興味深いのは、トルコ共和国の建国の父ケマル・アタテュルクが「ギリシャ生まれ」と記録されている点だ。詩人のナーズム・ヒクメットも同様の扱いを受けている。ただし、ケマルが生まれた1881年当時、テッサロニキはまだギリシャ領ではなかったものの、ギリシャ国家そのものは既に存在していた。この点は、古代の場合とは事情が大きく異なる。
「現在の政治地図」に基づく分類の矛盾
イオニア地方出身の古代ギリシャの偉人たちを、何らかの形でトルコと結びつけることは、歴史的に見て完全に不適切である。MITはこの分類について、「記録は現在の政治地図に基づいて行われている」と説明している。
しかし、この理屈はどれほど寛容に解釈してみても、愚かと言わざるを得ない。同じ論理を適用するなら、ハンムラビはイラク人ということになり、アッシリア王アッシュールバニパルも同様だ。ひょっとすると、二人ともサダム・フセインの遠い親戚だったのかもしれない……。
その結果、「偉人生誕数」でトルコがギリシャを抜き1位に
こうした分類のおかげで、自国の「土地」で生まれた偉大な人物の数を比較するランキングにおいて、トルコがギリシャを抜いて首位に立つことになった。歴史的事実と現代の国境線を混同することで生じる、この種の歪みがもたらす問題を象徴する結果といえるだろう。