ヨーロッパの歴史

ナポレオンはロシアを破ったのか?1812年ロシア遠征の壮絶な結末

ナポレオンはロシアを決定的に打ち破っていない

「ナポレオンがロシアを破ったのはいつか」という問いへの答えは、実はシンプルです。ナポレオン・ボナパルトがロシアを決定的に打ち破ったことは、歴史上一度もありません。むしろ彼のロシア侵攻は、その人生最大の転換点となる壊滅的な敗北に終わりました。

1812年ロシア遠征の始まり

1812年6月、ナポレオンは約60万人ともいわれる大陸軍(グランダルメ)を率いてロシアへ侵入しました。これは当時のヨーロッパ史上でも類を見ない規模の軍事作戦でした。しかし、ロシア軍は正面からの決戦を避け、後退しながら補給線を引き延ばす戦術を取りました。

モスクワ占領と冬将軍の猛威

ナポレオン軍はボロジノの戦いで大きな損害を出しながらもモスクワに入城します。しかし、ロシア側は焦土作戦により食料や宿営地を奪い、市街の大火も重なってフランス軍は占領の実りを得られないまま撤退を余儀なくされました。

厳寒の冬、飢え、病、そしてコサック騎兵の追撃により、帰還を果たせた兵士は出発時のごく一部にとどまりました。フランス軍はこの遠征だけで数十万人の兵士を失ったとされています。

遠征の失敗がもたらしたもの

この壊滅的な敗北はナポレオンの覇権衰退の決定打となりました。翌年には諸国民戦争(ライプツィヒの戦い)での敗北を経て、1814年に帝政は崩壊へと向かいます。つまり、ナポレオンとロシアの歴史的関係において重要なのは「勝利」ではなく、1812年の遠征が帝国崩壊の起点となったという事実なのです。