「ジョフル」という名前の第一次世界大戦期のフランス最高司令官は存在しない、とされることがありますが、これは誤解です。正しくはジョゼフ・ジョフル(Joseph Joffre)であり、彼は1914年に第一次世界大戦が勃発した際のフランス軍総司令官(最高司令官)を務めた人物です。
ジョゼフ・ジョフルの経歴
ジョゼフ・ジャック・セザール・ジョフル(1852年~1931年)は、フランス陸軍の将軍であり、工兵士官としてキャリアをスタートさせました。植民地での任務や参謀本部での経験を積み重ね、1911年にはフランス軍参謀総長に就任し、開戦前から対独作戦計画の策定を主導していました。
第一次世界大戦での指揮
1914年8月に大戦が勃発すると、ジョフルはフランス全軍の総司令官に任命されました。当初、ドイツ軍のシュリーフェン計画による猛攻撃の前にフランス軍は後退を余儀なくされましたが、同年9月のマルヌの戦いでドイツ軍の進撃を食い止め、パリを守り抜くことに成功しました。この勝利により、ジョフルは「マルヌの勝利者」として国民的英雄となりました。
ジョフルの戦略的特徴
ジョフルは冷静沈着で粘り強い指揮官として知られ、「常に攻勢を維持する」という原則を掲げていました。一方で、塹壕戦による消耗戦が長期化する中で、大規模な攻勢(1915年のアルトワ・シャンパーニュ攻勢など)が期待した成果を挙げられなかったことへの批判も受けました。
晩年の栄誉
1916年末に総司令官の職をロベール・ニヴェルに譲りましたが、その功績を称えられフランス元帥に昇進しました。戦後は軍事顧問として活動し、1931年にパリで死去しました。彼の名は現在もフランス軍史において重要な位置を占めています。