ヨーロッパの歴史

オーストリアがイタリアやドイツに領土を失ったのはいつ?歴史的経緯を解説

第一次世界大戦の敗北後、オーストリアは1919年に調印されたサン=ジェルマン条約により、大幅な領土削減を余儀なくされました。この条約によって、オーストリアはイタリア王国、そして新たに独立したチェコスロバキアおよびセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(後のユーゴスラビア)へ領土を割譲することとなりました。

イタリアへの割譲

オーストリアは南チロル、キュステンラント(沿海地方)、およびタルヴィージオ周辺のカナル渓谷をイタリアに割譲しました。ただし、フューメ(現リエカ)は例外的な扱いを受け、一時的に独立国家「フューメ自由国」となり、その後1924年にイタリアへ併合されています。

チェコスロバキアへの割譲

ボヘミア、モラビア、オーストリア領シュレジエンの各州は、新興国家チェコスロバキアに引き渡されました。

ユーゴスラビアへの割譲

ケルンテン公国とクライン公国、さらにシュタイアーマルク州の一部は、セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(ユーゴスラビア)へ割譲されました。

ナチス・ドイツによる併合(アンシュルス)

その後、1938年のアンシュルス(独墺合邦)により、オーストリアはナチス・ドイツに併合され、独立国家としての地位を完全に失いました。この状態は、1945年5月にヨーロッパで第二次世界大戦が終結するまで続くことになります。

戦後、オーストリア共和国は1938年当時の国境線の範囲内で再建され、主権を回復して現在に至っています。