ホロコーストは、ナチス・ドイツがユダヤ人を組織的に絶滅させた大量虐殺として広く知られています。「では、ホロコーストで生き残った非ユダヤ人は何人いるのか?」という疑問に答えるためには、まず「ホロコースト」という言葉が何を範囲として指すのかによって、答えが変わってくることを理解しておく必要があります。
ホロコーストはユダヤ人だけを対象としたのか?
狭義のホロコースト(ショアー)は、ユダヤ人約600万人が組織的に殺害されたジェノサイドを指します。この定義に従えば、「ホロコーストの生存者」は基本的にユダヤ人であり、厳密な意味での「非ユダヤ人の生存者」は存在しないことになります。
しかし広義にとらえると、ナチスの迫害と虐殺はユダヤ人以外の集団にも及びました。シンティ・ロマ(ロマ民族)、障害を持つ人々、ポーランドやソ連の一般市民、ソ連軍捕虜、政治犯、エホバの証人、同性愛者なども強制収容所送りや大量虐殺の犠牲となっており、その中には過酷な環境を生き延びた人々も数多くいます。この広い意味においては、確かに多数の非ユダヤ人の生存者が存在したのです。
命を懸けてユダヤ人を救った非ユダヤ人たち
もう一つ忘れてならないのは、ユダヤ人を救うために危険を冒して行動した非ユダヤ人たちの存在です。イスラエルのヤド・ヴァシェム記念館は、这样的人々を「諸国民の中の正義の人(Righteous Among the Nations)」として顕彰しており、これまでに2万8,000人以上が認定されています。ここでは代表的な二人を紹介します。
コリー・テン・ブーム(Corrie ten Boom)
オランダの時計職人の家庭に育った敬虔なキリスト教徒です。家族とともに自宅の隠し部屋にユダヤ人をかくまい、推定で約800人の命を救ったと伝えられています。1944年に逮捕されラーフェンスブリュック強制収容所へ送られましたが、奇跡的に解放されて生き延びました。戦後は著書『隠れた場所(The Hiding Place)』などを通じて、赦しと希望のメッセージを世界中に発信し続けました。
マクシミリアノ・コルベ(Maximilian Kolbe)
ポーランド出身のカトリック司祭(フランシスコ会士)です。アウシュヴィッツ収容所で、脱走事件の連帯責任として処刑されようとしていた見知らぬ男性の身代わりを自ら志願し、飢餓の中で1941年に殉教しました。彼自身は生き残ることはできませんでしたが、その自己犠牲の精神は世界的に称えられ、1982年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって聖人に列せられました。
まとめ:歴史の全体像を正しく伝えるために
ホロコーストの中心にあったのはユダヤ人への絶滅政策でしたが、その被害はほかの集団にも及んでおり、広義には多くの非ユダヤ人の生存者もいました。同時に、コリー・テン・ブームやマクシミリアノ・コルベのように、命の危険を顧みずユダヤ人を助けた勇気ある人々の存在も、この歴史を語る上で欠かせません。ホロコーストの真実は、犠牲者の記憶と、極限状況の中で人間性を守ろうとした人々の記憶の両方を伝えてこそ、はじめて全体像が見えてくるのです。