第二次世界大戦の東部戦線には、運命を左右した二つの激戦がありました。それが「レニングラードの戦い」と「スターリングラードの戦い」です。どちらもソ連とナチス・ドイツによる死闘であり、戦争全体の帰趨を決める転換点となりました。
レニングラードの戦い(1941年~1944年)
レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)をめぐる戦いは、1941年9月にドイツ軍の包囲が始まってから1944年1月に包囲網が突破されるまで、約880日間にわたり続きました。市民は飢餓と極寒の中で耐え抜き、推定100万人以上が犠牲となったとされ、歴史上最も悲惨な包囲戦の一つとして知られています。
スターリングラードの戦い(1942年~1943年)
一方、スターリングラード(現在のボルゴグラード)の攻防は、1942年8月から1943年2月までの約半年間にわたって展開されました。市街地での一軒ごとの争奪戦は激烈を極め、ドイツ第6軍は包囲され、ついに降伏しました。この戦いでは双方合わせて200万人近い犠牲者が出たとも言われています。
どちらの戦いがより重要だったのか?
両方の戦いとも戦争の転換点となり、双方に甚大な損害をもたらしました。しかし、一般的により重大な戦いとされているのはスターリングラードの戦いです。ドイツ軍の主力部隊が壊滅的な打撃を受けたことで、ここからドイツ軍は東部戦線での攻勢を失い、敗北への道を歩み始めたからです。ナチス・ドイツ終焉の始まりを告げた決定的な戦いと言えるでしょう。
その一方で、レニングラードの戦いもソ連国民の抵抗意志を象徴する出来事であり、両者はそれぞれ異なる意味で歴史に刻まれています。包囲に耐えたレニングラード、攻勢を転換させたスターリングラード――この二つの戦いを知ることで、第二次世界大戦の全体像がより深く見えてきます。